2009年11月29日日曜日

黒田玲子のNature: 巻き貝に見る右と左の決定

黒田玲子さんのNatureとは驚いた。それも巻き貝によるキラリティー。

黒田さんはそのキラルの世界の第一人者(分野が違うので正確にはわからないが、第一線で活躍されているのは間違いない)。1992年に出た新書はレベルが高く難しいのだが、なぜか魅力的であり何度か読ませて頂いたし、その後も読まれ続けている(絶版にはならない)。新書でこれだけ堅い本で17年間も版が続くのは珍しいと思う。

「生命世界の非対称性—自然はなぜアンバランスが好きか (中公新書) 」

そもそもキラリティーとは化合物による右—左の回旋性、一般的には光学異性に近いものだ。僕らの分野では「サリドマイド」や「グルタミン酸」が有名だ。

  • サリドマイドは西ドイツで開発された催眠鎮静剤。1957(昭和32)年10月1日に 発売された。即効性があり、翌朝に効果を持ち越さず、更に大量服用しても致死的でなく自殺に使用できない安全性を特徴として販売された。だが、後に、妊婦が服用すると子供に手足が短いなどの独特の畸形(アザラシ肢症)が生じることが判明し、1961(昭和36)年11月26日に回収を決定した。この畸形児をサリドマイドベビーと呼ぶ。
  • 日本では海外での回収後も大日本製薬と(当時の)厚生省が販売を続けたため被害者が続出した。ちなみに米国では米国食品医薬品局(FDA)が薬自 体を認可しなかったため、殆ど被害は出ていない。
  • さて、サリドマイドの構造には不斉炭素(キラル炭素)が一つある。従ってサリドマイドには右手型と左手型が存在することになる。サリドマイドの睡眠・鎮静作用があるのは右手型(R体)であり、催畸形性による四肢の矮小化などの作用があるのは左手型(S体)である。当時はこの事実に気づかず、両者の混合物が市販されたわけだが、後の研究によりR体を服用しても体内でS体に変化することが確認されたため、問題はいずれにせよ避けられなかったと考えられる。
  • あるいは「味覚」で有名なのは身近な物ではグルタミン酸(味の素の主成分)。
味覚を感じるのは片一方のDグルタミン酸で、その鏡像体のLグルタミン酸は味覚を感じない。

さて、生物・医学的にも極めて興味深いこのキラリティーであるが、化学者としてではなく、巻き貝という生物を使って発生生物学・分子生物学的に右巻き・左巻きの謎に挑んだというのが今回のNatureの論文である。

ボクが驚くのはこの学際的なアプローチの転換(化学→生物学)を上手くなしとげ、著者数3名ながらトップネームの論文に仕立て上げたことである。失礼ながら御年62才 ではなかったかと・・。退官直前ではないか!学者としての最後の最後で見事にまた花を咲かせた。まあ元々華のある、お美しい先生だったが・・・。

ボクの印象に残ったのは「猿橋賞」のころである。猿橋賞は女性科学者だけに与えられる賞杯であるが、第一回の太田朋子さん以来、とびきり良い仕事をした人にしか与えられない、極めて質の高い科学賞である。今調べると93年に受賞されている。


さて、今回の研究であるが産経新聞から引用すると・・・

  • 右巻きと左巻きが存在する巻き貝の発生初期に細胞の配置を改変し、巻き型を逆転させることに、東大大学院総合文化研究科の黒田玲子教授らの研究グループが成功した。生物の左右性決定の“源流”に迫る成果。26日付の英科学誌「ネイチャー」(電子版)に発表した。
  •  実験に使ったのは「ヨーロッパモノアラガイ」という淡水産の巻き貝。成長すると2〜3センチになり、自然界では右巻きが98%で左巻きは2%。黒田教授らは、4細胞から8細胞になる第3卵割期の胚(卵)に微小なガラス棒で力を加え、細胞の配置(ねじれの方向)を逆にした。
  •  その結果、左右を逆転させられた胚は、殻の巻き型や内臓の形、配置がすべて逆転した親貝に成長。臓器などの非対称性に関与する遺伝子も、発現部位の左右が入れ替わっていた。2細胞から4細胞になる第2卵割期に同じ操作を行っても、左右逆転は起こらなかった。
  •  人為的に誕生した「逆巻き」の貝は、本来右巻きなら左巻きに育っても右巻きの子を産み、本来左巻きの親からは左巻きの子が生まれた。これらの結果から、右巻きか左巻きかを決める遺伝情報は保存されたまま、細胞が8個に分かれた段階の配置によって右巻き型と左巻き型にわかれていると考えられる。

ということのようだ。あくなき探求心には感服する!

Nature advance online publication 25 November 2009 |
Received 29 July 2009; Accepted 22 October 2009; Published online 25 November 2009

Chiral blastomere arrangement dictates zygotic left–right asymmetry pathway in snails

Reiko Kuroda1,2,3, Bunshiro Endo2, Masanori Abe2 & Miho Shimizu2

  1. Department of Life Sciences, Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo, Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8902, Japan
  2. Kuroda Chiromorphology Team, ERATO-SORST, JST, Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-0041, Japan
  3. Department of Biophysics and Biochemistry, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

Correspondence to: Reiko Kuroda1,2,3 Correspondence and requests for materials should be addressed to R.K. (Email: ckuroda@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp).

Most animals display internal and/or external left–right asymmetry. Several mechanisms for left–right asymmetry determination have been proposed for vertebrates1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10 and invertebrates1, 2, 4, 9, 11, 12, 13, 14 but they are still not well characterized, particularly at the early developmental stage. The gastropods Lymnaea stagnalis and the closely related Lymnaea peregra have both the sinistral (recessive) and the dextral (dominant) snails within a species and the chirality is hereditary, determined by a single locus that functions maternally15, 16, 17, 18. Intriguingly, the handedness-determining gene(s) and the mechanisms are not yet identified. Here we show that in L. stagnalis, the chiral blastomere arrangement at the eight-cell stage (but not the two- or four-cell stage) determines the left–right asymmetry throughout the developmental programme, and acts upstream of the Nodal signalling pathway. Thus, we could demonstrate that mechanical micromanipulation of the third cleavage chirality (from the four- to the eight-cell stage) leads to reversal of embryonic handedness. These manipulated embryos grew to 'dextralized' sinistral and 'sinistralized' dextral snails—that is, normal healthy fertile organisms with all the usual left–right asymmetries reversed to that encoded by the mothers' genetic information. Moreover, manipulation reversed the embryonic nodal expression patterns. Using backcrossed F7 congenic animals, we could demonstrate a strong genetic linkage between the handedness-determining gene(s) and the chiral cytoskeletal dynamics at the third cleavage that promotes the dominant-type blastomere arrangement. These results establish the crucial importance of the maternally determined blastomere arrangement at the eight-cell stage in dictating zygotic signalling pathways in the organismal chiromorphogenesis. Similar chiral blastomere configuration mechanisms may also operate upstream of the Nodal pathway in left–right patterning of deuterostomes/vertebrates.

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