2010年4月16日金曜日

Nature最新号の症例報告:炎症性乳癌

リサーチマインドのある臨床医が臨床研究を報告するとしてどの雑誌にどのような論文を出したいか?その答えにはその臨床医の志がにじみ出るようで興味深い。かつてある先輩は「New England」にだしてみたいものだね・・と言った。丁度がんセンターにいて基礎研究で学位を取ろうとしていたころだったので「Nature, Scienceじゃなくて・・?」と聞くと「うん、やはり臨床医ならNew Englandだろうな」と彼は言った。そのころある論文がNatureに載った。今も尊敬して止まないKazazian教授の事実上のデビュー作である。ヒトゲノムのトランスポゾンあるいは反復配列の大家であるKazazian教授は当時は一臨床医であったが、このNatureの論文はなんと「症例報告」なのである。それ以降私の密かな夢は「NatureあるいはScienceに症例報告を載せること」であったが果たせていない、残念ながら。

さて、Kazazianの症例報告はというと血友病の17才の少年がいるのだが、この両親は発病もしていなければ、実は当該遺伝子ゲノムに創が全くないのであった。業界用語を使わせていただければde novoなのだ。このde novoはどうして起こったか?母親の卵子形成時にX染色体上にある、血液凝固因子の第VIII因子のなかにトランスポゾンが飛び込んで第VIII因子ゲノムを破壊したというのが答えなのだけど、これを解明する過程が推理小説のようで実にわくわくしたものだ。マクリントック先生はトウモロコシでトランズポゾンを見ていたが、ヒトでトランスポゾンが動いたことを証明した記念すべき第一例(だから症例報告でNature)これ以降KazazianはLINE反復配列の第一人者となるわけである。出てくる論文がいずれも面白く、ほとんどNatureクラスである。

Article

Nature 464, 999-1005 (15 April 2010) | doi:10.1038/nature08989; Received 24 November 2009; Accepted 11 March 2010

遺伝子: 基底細胞様乳がんの転移性腫瘍および異種移植腫瘍におけ るゲノムの変化

Li Ding1,2,10, Matthew J. Ellis3,4,10, Shunqiang Li3, David E. Larson1, Ken Chen1, John W. Wallis1,2, Christopher C. Harris1, Michael D. McLellan1, Robert S. Fulton1,2, Lucinda L. Fulton1,2, Rachel M. Abbott1, Jeremy Hoog3, David J. Dooling1,2, Daniel C. Koboldt1, Heather Schmidt1, Joelle Kalicki1, Qunyuan Zhang2,5, Lei Chen1, Ling Lin1, Michael C. Wendl1,2, Joshua F. McMichael1, Vincent J. Magrini1,2, Lisa Cook1, Sean D. McGrath1, Tammi L. Vickery1, Elizabeth Appelbaum1, Katherine DeSchryver3, Sherri Davies3, Therese Guintoli3, Li Lin3, Robert Crowder3, Yu Tao6, Jacqueline E. Snider3, Scott M. Smith1, Adam F. Dukes1, Gabriel E. Sanderson1, Craig S. Pohl1, Kim D. Delehaunty1, Catrina C. Fronick1, Kimberley A. Pape1, Jerry S. Reed1, Jody S. Robinson1, Jennifer S. Hodges1, William Schierding1, Nathan D. Dees1, Dong Shen1, Devin P. Locke1, Madeline E. Wiechert1, James M. Eldred1, Josh B. Peck1, Benjamin J. Oberkfell1, Justin T. Lolofie1, Feiyu Du1, Amy E. Hawkins1, Michelle D. O’Laughlin1, Kelly E. Bernard1, Mark Cunningham1, Glendoria Elliott1, Mark D. Mason1, Dominic M. Thompson Jr7, Jennifer L. Ivanovich7, Paul J. Goodfellow7, Charles M. Perou8, George M. Weinstock1,2, Rebecca Aft7, Mark Watson9, Timothy J. Ley1,2,3,4, Richard K. Wilson1,2,4 & Elaine R. Mardis1,2,4

  1. The Genome Center at Washington University,
  2. Department of Genetics,
  3. Department of Medicine,
  4. Siteman Cancer Center,
  5. Division of Statistical Genomics,
  6. Division of Biostatistics,
  7. Department of Surgery and the Young Women’s Breast Cancer Program,
  8. Department of Pathology and Immunology, Washington University School of Medicine, St Louis, Missouri 63108, USA
  9. Department of Genetics, Lineberger Cancer Center, University of North Carolina, Chapel Hill, North Carolina 27599, USA
  10. These authors contributed equally to this work.

Correspondence to: Richard K. Wilson1,2,4 Correspondence and requests for materials should be addressed to R.K.W.

大量並行DNAシーケンシングの登場により、これまでにできなかったゲノム全体のスクリーニングで、腫瘍進行に関連する遺伝的変化を調べることが可能に なった。本論文では、アフリカ系アメリカ人の基底細胞型乳がん患者由来のDNAサンプル4種、すなわち末梢血、原発腫瘍、脳転移巣、および原発腫瘍由来の 異種移植腫瘍のゲノム解析について報告する。脳転移巣には2つの de novo 変異と、原発腫瘍には存在しない大きな欠失1つが含まれ、また共通する20個の変異の割合がかなり高くなっていた。異種移植腫瘍ではすべての原発腫瘍の変 異が保持され、転移巣に類似した変異に富むパターンを示した。 CTNNA1 を含む2つの重複した大きな欠失は、3種の腫瘍サンプルすべてに存在した。原発腫瘍と比較した場合の、転移巣と異種移植腫瘍の変異頻度の違いおよび構造的 変化のパターンは、原発腫瘍内の少数の細胞集団から二次腫瘍が生じる可能性を示している。



前置きが長くなったが今週号のNatureに乳癌のゲノム解析の症例報告がワシントン大学から出た。超高速シークエンスで正常リンパ球ゲノム、原発巣、脳転移巣、それとご丁寧にこの患者乳癌由来の培養株化細胞以上4つの詳細なゲノム変異を点突然変異、欠失、挿入、逆位、増幅、転座全てみているのが凄い。

結論の一つは(ホントだとしたら)かなり衝撃的である。腫瘍細胞巣は遺伝学的にかなりヘテロな集団からなっているということである。ある遺伝子に注目すると突然変異がある集団とない集団の混成部隊。増殖速度などを考えるとどうしてそこまでヘテロでいられるのかと疑問になる。

結論のまた一つはこの症例では50個の主要な遺伝子変異が見つかったが、転移巣と細胞株にユニークな変異はたった2つ。あとは共通しているということ。では転移巣と原発巣の違いは・・・?これが面白いのだが、後日!

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