2012年4月30日月曜日

上皮ターンオーバー機序の新しい説明:nature 2報

上皮ターンオーバーは実に微妙に調節されていることは日常感ずるところである。分子生理学的な細妙なチューニングもあるし、もっと大胆な再生もある。あるはずだ。実にこの生理的再生は興味深いし、一筋縄ではいかない。

体内の上皮細胞再生について、知っておいて良いのに、皆が知らないことがあるので、触れておく。つまり・・・・・・

  1. 正常細胞の増殖スピードについて、多くのヒトは勘違いしていることがある。体内では癌細胞の分裂速度は正常細胞の分裂よりは圧倒的に遅いという事実である。

  2. たとえば手術前に私たちは胃癌の診断をするために、胃内視鏡を使って胃癌組織をかじる。術後に切除胃を顕微鏡で調べると、穿った孔(生検のために)を覆っている再生上皮は、決まって正常胃粘膜上皮なのである。癌のど真ん中を狙って削り取るのであるから、埋め草は癌細胞であろうと思うのが自然であるが、実はそうではない。どこからやってくるのか興味津々であるが、穿たれた孔を覆い尽くすのは「正常胃粘膜である」

  3. もちろん時間が経ってしまうと、節操のない癌細胞の増殖によって、この「臨時のパッチ」は置き換えられてしまうことは否定できないので、生検から時間が経って切除された病理組織では、この現象は確認できないと思う。すべての生検イベントで確認できる事象ではないということだ。

  4. 臨床医以外は(あるいは外科医や内視鏡医や病理医以外)はこのことを知らないと思う。基礎の癌研究者もおそらく知らないと思う。

  5. このことを病理の医者はもっと、もっと一般に広報したほうが良いと思う。こんな大事なことがあまり知られていないというのは、ゆゆしきことだ。

  6. 生検は診断のために必須である。当然倫理的であり、無用の侵襲ではない。であれば倫理的に許される臨床試験が可能ではないか?。このシステムで、正常細胞と癌細胞のせめぎ合いを検討する臨床ー病理の統合研究ができないものかね?

さて、上皮再生機序の新しい説明が今週号のnatureに 2報でた。
natureが草稿を受け取ってから公開されるまで1年経つ論文であるから、随分紆余曲折あったのではないかと思うが、いずれにせよ面白い。面白いので日本語のアブストラクトを引用した。


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Nature 484, 542–545 (26 April 2012)
   Received 24 March 2011
   Accepted 23 February 2012
   Published online 15 April 2012

生理:生きた細胞層の剥離は上皮の増殖を相殺して、組織の過密化を制限している
Live-cell delamination counterbalances epithelial growth to limit tissue overcrowding

Eliana Marinari, Aida Mehonic, Scott Curran, Jonathan Gale, Thomas Duke & Buzz Baum
  • 上皮の発生と維持においては、増殖と細胞死の速度を精密に釣り合わせる必要がある。しかし、組織の増殖の適正なフィードバック制御を確実に行う機械的、生化学的機序については、これが脱調節すると腫瘍形成につながるにもかかわらず、ほとんど解明されていない。今回我々は、ハエの胸背板をモデル系として、密集によって誘発される細胞層の剥離という新規な過程を見いだした。この過程が増殖と釣り合うことで、細胞の十分に秩序立った詰め込みが起こる。組織中の細胞が密集した領域では、一部の細胞で細胞間結合が順次失われて、頂端領域がしだいに消失し、隣接する細胞群から押し出される。このような剥離に至る道筋 は、システムが平衡に向かう傾向があるために確率論的な細胞消失によって過密が解消されるという上皮系の単純なコンピューターモデルで再現できる。この剥離過程は、アポトーシスを介して起こる細胞の押し出しとは機構的に異なり、細胞死の最初の兆候よりも前に起こることが明らかになった。総合すると、今回の解析は、増殖の変動に抗して上皮を守る単純な緩衝機構があることを明らかにしている。生きた細胞層の剥離は、上皮過形成と細胞の浸潤とを機構的に結びつけ ているものの1つであり、がんの発生の初期段階を理解するうえで重要な意味を持つ可能性が高い。
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Nature 484, 542–545(26 April 2012)
   Received 24 March 2011
   Accepted 23 February 2012
   Published online 15 April 2012

上皮では過密化が生細胞の押し出しを引き起こして恒常的な細胞数が維持される
Crowding induces live cell extrusion to maintain homeostatic cell numbers in epithelia

George T. Eisenhoffer, Patrick D. Loftus, Masaaki Yoshigi, Hideo Otsuna, Chi-Bin Chien, Paul A. Morcos & Jody Rosenblatt
  • 上皮が保護的障壁となるためには、分裂する細胞の数と死滅する細胞の数とを合わせることで細胞数を恒常的に維持しなくてはならない。死にゆく細胞は、その消失を補う細胞分裂を引き起こすことができるが、増殖による過密化を細胞死が救済しうる仕組みは知られていない。上皮でアポトーシスを誘発すると、死にゆく細胞が押し出されて障壁機能が維持される。押し出しは、死にゆく細胞が周囲の上皮細胞にアクトミオシンリングを収縮するためのシグナルを送り、この収縮によって死細胞が閉め出されることによって引き起こされる。

  • しかし、正常な恒常状態にある際に何が細胞死を引き起こすかは不明である。今回我々は、ヒト、イヌ、セブラフィッシュの細胞では、増殖と遊走による過密化が生細胞の押し出しを誘導し、これによって上皮細胞数が制御されることを示す。生細胞の押し出しは、 in vivo では最も密集度が高い部位で起こり、 in vitro では実験的に過密化させた単層によって引き起こされる。アポトーシス細胞の押し出しと同じく、過密化によって起こる生細胞の押し出しも、スフィンゴシン1–リン酸シグナル伝達とRhoキナーゼ依存性ミオシン収縮を必要とするが、伸展活性化チャネルを介するシグナル伝達を必要とする点で異なっている。また、セブラフィッシュで伸展活性化チャネルPiezo1を欠損させると押し出しが起こらなくなり、上皮細胞塊が形成される。今回の知見は、恒常的な代謝回転が行われている際には、狭い基層上での上皮細胞の増殖と分裂が過剰な密集を引き起こし、それによって細胞が押し出され、その結果生存に必要な因子が失われて細胞死が起こることを明らかにしている。これらの結果は、生細胞の押し出しは過剰な上皮細胞蓄積を防ぐ腫瘍抑制機構である可能性を示唆している。
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満員電車から扉の外に追い出されたかつての小生を思い出す。あるいは。満員電車にさらにヒトが乗ってくることで、次第に両足が床から離れ、空中に浮かび上がったかつての小生を思い出す。1980年ころのことだが、今ではそこまでの満員はあるのだろうか?

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