2007年11月30日金曜日

腫瘍の休眠状態について(1)

Tumor dormancy(腫瘍の休眠状態)は極めて古くから臨床家には知られている現象である。私の外来にも乳癌術後15年目の女性がおり、手術時はT2n1M0であったのだが、転移再発なく5年が経過したものの、8年目に左の脛骨にしこりが触れるようになった患者がいる。骨シンチでhot spotは当該部位一カ所であったこと(もちろん原発巣に再発はない)から、脛骨楔状切除を伴う腫瘤切除と行ったところ、原発巣と同じ組織型の乳癌転移巣であった。一度このような遠隔転移があると、多くの場合多発性転移が時間をおかず現れることが多く、その後の外来フォローは冷や冷やものである。ところが彼女の場合今年にいたるまで(脛骨転移から7年目になる)元気であり、もう大丈夫だろうと安心していたのだが、この6月に腰の痛みを訴えるようになり、Xp,CT,MRIを撮ると怖れていた二度目の遠隔転移であった(腰椎の4番と5番)。現在治療には反応してくれているが、この先は大いに不安である。

さてこのように術後長期にわたって再発を来さない腫瘍(潜在的腫瘍)のことを休眠状態にある腫瘍、dormantな腫瘍と臨床家は呼んできた。最近の転移・再発に関するがん研究の進展ではこのような現象をどう捉えているのであろうか?

この11月のNature Reviws Cancerに優れた総説が出たので、早速教室のM君に抄読会で読んでもらったので、備忘しておきたい。

Models, mechanisms and clinical evidence for cancer dormancy

Nature Reviews Cancer 7, 834-846 (November 2007) |

Laura D.Woodの大腸癌遺伝子解析

Laura D.Woodの大腸癌遺伝子解析について

The Genomic Landscapes of Human Breast and Colorectal Cancers


Science 16 November 2007:Vol. 318. no. 5853, pp. 1108 - 1113

この論文は2007年10月11日にScience誌にon lineで投稿された。WEB上のニュースではかなりの賑わいを見せたものだ。要旨は大腸癌11例、乳癌11例の臨床切除標本における18000におよぶ遺伝子エクソンの全シークエンスというものであり、いつかは誰かがやるはずの仕事であるとは思っていたが、あのVogelsteinのグループだから出来た仕事であるともいえる。

[要旨]
結論はこのマップがすべてかもしれない。山(moutain)があり丘(hill)がある。一人の癌患者組織には70内外の遺伝子変異がある。多くは癌化に巻き込まれた「paasenger」であり、それら「paasenger」は積極的に癌化に関わっているわけではなさそうであるが、中には本質的に癌化を促進すると思われる遺伝子変異があり、これを「driver」と呼ぼう。driver遺伝子は15個内外である。その多くは変異頻度が5%を超えることがない。つまり同じ大腸癌でも個人により遺伝子変異の大多数はことなり、個性的である。これら遺伝子の多くはしかしある特定のsignal passwayの中に属する。つまりpasswayの変異が大事なのだ。今後の癌研究においてはある特定の遺伝子変異に着目するのではなく(もちろんdriver遺伝子の上位いくつかは共通することが多いとしても)、ある特定のpasswayに注目することが肝要である。

[講演内容]
昨日のミーティングは本当に内容が豊富であったが、上記論文の筆頭著者の話を聞けるとは思っていなかった。これほどタイムリーな講演を聞くことができて感謝に堪えない。
Lauraさんは背の高い実にチャーミングな女性研究者であった。目立つよなあ。彼女とも話ができたが、本当はVogelstein直々にコメントが聞きたい内容でもあった。

この論文は今度の抄読会用に読みたいので、このblogを使ってまとめて見たい。

Lgr5のこと

Lgr5は正常消化管幹細胞マーカーとして最近Natureに報告された。

Identification of stem cells in small intestine and colon by marker gene Lgr5

Nature 449, 1003-1007 (25 October 2007)

昨日東京のミーティングでそのHans Cleversの講演を聞いたが、残念ながらその内容は論文を大きく超えることはなかった。しかし・・・

面白かったのはLgr5-LacZ陽性細胞のマウスにおける生写真であった。

  • 胎児での染色パターンは全身モザイク状で確かに複雑であった。しかしzonalなパターンはあるように見える。このzonalなパターンはそれなりの規則性があるように見え(X連鎖劣性の無汗性外胚葉形成不全 のように)、私には非常に興味深く思えた。
  • 大腸はもちろん胃でもhindstomach(でしたっけ?forestomachじゃないほう)でも綺麗にcryptの高さで青みが濃染されていたこと
  • 皮膚の基底層?が一列に濃染されていた。これは強拡大が見たかった。皮膚の他に毛嚢が見たかったのだ。本当にbuldgeにcomitしているのか幹細胞?
  • 肝臓:これには驚いた。かすかすに少ないのであるLgr5-LacZ陽性細胞。Disse腔の辺縁に極くわずかの陽性細胞。
Cell fateの実験について雑感
Tamoxifen誘導によるcell fateの実験は論文通りであったが、ここで彼は「よりよくvisualizeするためにTamoxifen濃度をぎりぎりに下げて設定している・・」と説明した。実はこれが聞きたかったことの一つであった。ただ隣で一緒に講演を聞いていたI氏が「本当にすべてのcryptでこの現象は起こっているんでしょうね?」と聞いてくる。「そこまで疑う?」「でもTamoxifen誘導を制限せずに、すべてのcryptで青く染まるpositive controlも見てみたかったなあ」という。なかなか厳しいコメントであるが一理あるなと思ったのだ。

このほか興味深かったのは、消化管癌幹細胞におけるCD133マーカーの意義を見つけたトロントのJohn E. DickHans Clevers(こちらは写真付き)が極めて緊密な研究仲間であるということがわかったことだった。

John E. Dickはとても親しみのわく研究者であった。フロアで話を聞いてもらったがいくつか書いてみよう。
  1. 「CD133+CD44+はとても興味深いfractionですが、この細胞の細胞周期は?」
    1. Dick「本当に大事なポイントなんだけど、よくわかっていないのですわ」
  2. 「癌幹細胞はG0にcomit しているのでしょうか?」
    1. Dick「僕は白血病に関しては間違いないと思っていますよ。ただ消化管についてはまだまだ不明だと思う」
  3. 「G0はpyronin Yでみているのですか?」
    1. Dick「そうです。私たちもpyronin Y」
  4. 「もっと良いマーカー(より細胞毒性の低いもの)を知りませんか?」
    1. Dick「あったよ、ありますよ・・・でも名前が思い出せない(ずいぶん彼を悩ませた)」
    2. メールを出してしつこく聞いてみようと思う、その正体!
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とここまで書いてblogの威力を実感した。これはいい備忘録になる。どうしてこんな便利なものにいままで気がつかなかったのだろう!
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今日からblogを開始するのだ

2007年11月29日 本日よりがんの分子腫瘍学・分子遺伝学のメモ代わりにblogを作成することとした。
しかしblogの使用法が今ひとつわからない。当面はリンク集として使用するつもりだ。