2012年7月26日木曜日

最近のVogelsteinのこと:Science誌の最新記事

Bert Vogelsteinは私が最も尊敬する癌の研究者である。その名前を初めて聞いたのは、おそらく諸兄と同様にp53の発癌関連遺伝子としての性格を明らかにした1980年代後半の論文だったと思う。Vogelsteinによって当時華々しく喧伝された多段階発癌コンセプトは今なお有効な作業仮説であるし、ここ20年彼が癌研究の王道の中心にいたことを否定できる研究者はおるまい。

とはいうもののそのVogelsteinが、ポストゲノム以来アカデミアの中心からやや離れたポジションを取っていると小生には感じられてならないのだ。ポストゲノムで癌研究といえば、まずもってdeep sequenceである。イギリスではサンガーを初めとするWellcomeTrust、アメリカではCancer Atlasが中心で大論文を出してくるのがここしばらくの趨勢である。昨日のnatureの大腸癌の論文でも中心はEric Lander等々である。このような大論文の中にVogelsteinの名前は見あたらない。同じ米国でもVogelsteinは孤高の路線を歩んでいるように見えるのだ。Vogelsteinによる研究論文は昔同様精力的にbig journalに掲載され続けているがVogelstein独自のグループのものが多く、米国内の共同big projectには彼の名前の併記がほとんど認められない。特にここ3〜4年そのような傾向が強くなったと小生には感じられる。

だいたいこのVogelsteinという人は学会になかなか出てこないことで有名であり講演旅行を嫌うことが古くから知られている。日本の学会で彼を特別招待者に呼ぼうとしてもなかなか来てくれないが、これは米国内でも同じようである。彼は朝から晩まで自分のラボにいて部下の実験データを追いかけることに生き甲斐を感じるタイプの研究者なのだという。
留学でいえば日本人がなかなかラボに参加できないことでも知られている。一説よると日本人は総じて英語ができないことが大きな理由のようである。ある次期以降、日本人留学生はほとんど留学していないはずである。

以上の理由から生身のVogelsteinに触れた人は余り多くないはずだ。

そのVogelsteinの最近の話題が最新号のサイエンスに載っている。なかなか面白いレポートである。このレポートは例の『p-mab、c-mabが効かなくなる前にその前兆が血液検査でわかる」というNatureの論文にあわせて書かれた報告である。これをScienceが載せるところが面白い。


Science 20 July 2012:
Vol. 337 no. 6092 pp. 282-28

Profile: Bert Vogelstein
Cancer Genetics With an Edge
Jocelyn Kaiser

  • Bert Vogelstein and Kenneth Kinzler, who co-direct a lab at the Johns Hopkins University medical campus, helped lay the foundation of cancer genetics by revealing how mutations in key genes lead to a tumor. Their work helped inspire others to use genetics to predict cancer risks and develop personalized cancer treatments. Yet today, Vogelstein often offers what he calls a "reality check" on such efforts. In the past few years, Vogelstein and Kinzler have shifted away from discovering new cancer genes to a less glamorous pursuit: using genetic tests to detect common tumors as early as possible, when they are easiest to cure. This is not mainstream work, they say. But it's a natural progression of earlier research, the two said in a recent interview. Their research was never driven by curiosity about biology, Vogelstein says, but by "an overwhelming desire to empty the cancer clinics across the street."

Vogelstein自身のここ数年の「独自路線」に関する見解や、Vogelsteinに対する他のビッグネームからの批判、逆にVogelsteinによるdeep sequenceの批判が載っており、小生が感じていた「ここ数年の西欧癌研究界の違和感」への解説がここには載っている。つかえが取れたような、便秘が解消したような思いがするのである。

いろいろな話題が載っているが一つだけメモしておくと、Vogelsteinの最近の興味は癌治療らしい。ここ2〜3年のメラノーマの治療に大いに影響を受けておられるらしい。このヒントは良く理解できる。ここ2〜3年のメラノーマの治療には驚くことが多いからなあ。

もうひとつ彼の興味は「癌の血液による早期診断」である。画像や臨床症状出現より余程早い時期に癌は流血中に現れる。これをいかに鋭敏に再現性良く、しかも間違いなく検出するか・・・・ここに
Vogelstein一流のテクノロジーが発揮されるようである。(知るヒトぞ知るではあるがVogelsteinはテクノロジーのヒトである。)

癌研究のビッグネームの中でもとりわけ目が離せないのがVogelsteinである。理由はいろいろあるが、最も大きなものは、かれの研究の立脚点があくまでも「臨床癌」であることである。基礎研究者による培養細胞癌によるスッキリとした研究も大事であることは理解できるが、それを臨床の多様性に満ちあふれた癌に敷衍することの困難さをVogelsteinはだれよりも実感していると思う。

Vogelsteinの眼差しは「臨床癌」に向けられている。今後の動向が誰よりも気になる由縁である。

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