2013年5月31日金曜日

がんゲノム研究から学んだこと(2):Cell 誌 Eric Landerの総説

Cell 誌 Eric Landerの総説がん:ゲノム研究から学んだことからその(2)である。今回はがんの突然変異概観の項である。前にも触れたchromothripsismicronucleichromoplexyが概説されるのはこの項目である。’kataegisという新しい現象についても紹介がある。’


変異機構について
ゲノム研究情報が爆発的に増加するにしたがい、突然変異がいかに起こるか、従来予想だにしなかったその機序の豊かさが明らかになって来た。おかげでゲノムの安定維持機構と腫瘍発生を司る因子への理解が加速度的に深まってきた。

変異頻度のこと
がんゲノム解析の当初の見積もりでは遺伝子変異の頻度は1メガベースに一回であったが、実際は腫瘍の種類により大いに異なり、小児がんでは1メガベースに0.1回(エキソームだけを対象にした)と少なく、また変異原にさらされることにより発癌するといわれているメラノーマや肺癌ではエキソームに限れば1メガベースごとに100回を越える症例もあるのである。更には遺伝子変異率というのはゲノムの場所・部位によっても大いに異なり、それらは転写と連関した修復機構や複製のタイミングにも支配されていることが明らかにされた。

変異の概観
がんゲノムシークエンスによって個人間でも大きく異なるし、また個人の腫瘍の内部でも変異は異なることが明らかにされてきた。なお突然変異を際立たせるのは外的要因では紫外線照射やタバコであり、内的要因としてはDNA修復機構異常がある。

さて、最近の報告では核酸置換を起こす機構についてはこれまで知られていないパターンが5つほど明らかにされて来た。ER陽性乳癌ではその10%の症例でTpCpXなる三連続塩基配列におけるC>AC>GC>T置換を引き起こす全く新しい機構で変異が起こっていることが明らかにされた。そのうちの一つは2012年のCellに載った論文でkataegisという新しいギリシャ語がキーワードである。ある短い配列に立て続けに変異が入るというもので(具体的には染色体転座の切断点に近い場所では複数の突然変異が高頻度におこる)、具体的にはER陽性乳癌に多い(10%程度)というちなみにKataegisとはにわか雨とか雷雨という意味である。

なおこの現象にはactivation-induced deaminase(AID) 遺伝子とapolipoprotein B mRNA-editing enzyme catalytic polypeptide-like (APOBEC) protein遺伝子ファミリーの両者が関係している。同様の機序で起こるAA塩基対でのA>C置換による突然変異は食道癌でも認められる。

染色体の増減
DNA aneuploidyが昔から知られていた。最近のゲノム研究では長腕・短腕レベルでの増減と局所的なコピー数変化が調べられている。がん細胞では長腕・短腕レベルではおおむね4分の一が変化しているし、局所レベルでは10%のゲノムが変化していると見積もられる。これらの増減からは6-7個の責任遺伝子までは絞り込みは可能であるが、しかしながらこの場所に癌化のドライバー遺伝子が確かに存在するというあきらかな証拠は今のところない。


染色体崩壊(chromothripsismicronucleichromoplexy
がんゲノムプロジェクトで見つかった最も印象的なイベントはクロモスリプシスであろう。骨腫瘍、小児の髄芽腫、神経芽細胞腫に認められる。一本かせいぜい二本の染色体が一挙にバラバラになる。再構成の過程で、欠失や転座などが起こるというイベントである。カタストロフィックな変化と記述されている。

染色体チェーン
前立腺癌では複数の染色体由来の遺伝子が412個のbreak pointで結合し、最終的には一つの輪状構造を作るイベントが明らかになった。これは従来のchromothripsisとは異なる現象である。これらのbreak pointはゲノム上でも比較的緩い構造(開かれた構造)—すなわち転写が活発な場所に多く存在し、前立腺で特有のETS転写因子による転座部位に近い場所が含まれる。このような「輪状構造」が出来る事象をchromoplexyplexyとは紡ぐというギリシャ語)と呼ぶ。

付加的事項
この他のDNA配列異常はDNA複製時のエラーによって起こる。DNA複製時エラーが起こる頻度は髄芽腫ではp53の突然変異に高い相関を示すことが知られている。

新しく見出されたがん遺伝子
がんゲノムプロジェクトについて聞かれる中心的な質問の一つは「新しい癌関連遺伝子は見つかったのか?」ということであり、あるいは「これまで知られていない機能的サブタイプのがん関連遺伝子は見つかったのか?」という事である。現在研究中の内容も多いが、その答えは「イエス」である。初期研究からは細々とした研究が報告されていたが、その流れは一挙にうねりとなり変異が発見された遺伝子は、がんの生理学的プロセスに必要な要素のありとあらゆる領域に及んでいる。新たに認定された遺伝子が古典的な経路に属している場合もあれば、一方で全く新しい、驚くべき領域に絡んでいる遺伝子でありことも多いのだ。これらは代謝、エピジェネティクス、クロマチン関連、スプライシング、蛋白質の安定維持、あるいは細胞分化と広範に及ぶ。

シグナル伝達関連パスウェイ
1980年代から細胞分化や細胞の分裂に関連する重要な遺伝子群が発癌では重要だという認識はあった。Her2,KIT,ABL,RAS,NF1, NF2, MET, PTEN以上のレセプターチロシンキナーゼ群(RTK)のシグナル伝達系、Wnt/b-catenin系のAPCTGF-b系のSMAD2SMAD4等々には変異が知られていた。更に製薬会社が蛋白キナーゼ阻害薬を見いだしたが、その嚆矢はABLKITを阻害するグリベックであり、慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍にかなりの効果を認める。RTKがきっかけとなり2000年代前半には大規模なゲノムシークエンスが始まった。

数十人規模の数十個の遺伝子解析で手法はサンガーシークエンス法。最初の大ヒットはメラノーマの50%に変異するBRAF、乳癌と大腸癌で25〜30%に変異するPIK3CA、非小細胞肺癌で10〜15%に変異するEGFR、子宮内膜癌の15〜20%に変異するFGFR2、それにMDSにみられるJAK2変異であった。

RAFやMEK阻害薬を含めて多くの分子標的薬剤が開発されたため、がんゲノムシークエンスは更にスケールアップした。その結果これまで知られていなかったパスウエイががんのドライバー遺伝子として名乗りを上げることになった。 そのような遺伝子として乳癌ではMAP3K1やMAP2K4、メラノーマでRAC-1やPREX2、食道癌でELMO1や DOCK2、瀰漫性大B細胞リンパ腫ではMYD88が見出された。注目すべきは膵癌におけるROBO/SLITバスウェイであるが20%以上に変異を認めるこの遺伝子はなんと神経系のアクソン誘導因子としての機能が知られているものである。肺扁平上皮癌では過酸化ストレスに対応するパスウェイが30%以上で変異していることもわかった。

以上の成果は、これまでの仮説立脚型の研究ではなかなか見つけることの出来なかった新しい変異形態なのである。

更に追加すると、DNAマイクロアレイを用いたゲノムレベルのコピー数変化研究でシグナルや細胞生存に関係するパスウェイの増幅が認められた。アポトーシスに抵抗性で細胞の生存に大きく関与することで知られるMCL1, BCL2L1を含むゲノム領域は乳癌、肺癌、大腸癌、メラノーマ、グリオブラストーマ等々多くの癌腫で増幅している。FGFR1領域は肺扁平上皮癌の20%、乳癌の10%で増幅している。CRKL遺伝子領域は肺癌の一部で増幅している。 

以上の成果にも関わらず、最初の大成功薬グリベックほどの薬が臨床に出回っている状況はまだない。キナーゼ遺伝子が高率に変異を起こすような腫瘍はそう多くはないからである。薬剤開発のこの現状はがんゲノム探求の重要性に影を投げかけているかもしれない。



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