2013年6月4日火曜日

なんの因果か腸管条虫症の治療を・・・・

条虫症を治療してほしいと連絡があり、患者殿が来週入院してくる。
寄生虫に興味を寄せたりするとこのような依頼が舞い込む。
治療はよいけど、出てくるものを見たいとはとても思わない。
いやだけどしょうがないなあ・・・・ 


No.51
寄生虫疾患-腸管条虫症を中心に-
厚生労働省 関西空港検疫所
検疫医官  石田 高明 

はじめに
 最近のわが国における寄生虫疾患は、 海外渡航者の激増により海外 (特に熱帯地域、 発展途上国) で感染する日本人の増加、 輸入食品 (生鮮魚介類、 肉類、 有機野菜等) の激増による国内で感染するケースの増加、 また外国人就労者の増加や輸入動物 (ペット) の増加による寄生虫の持ち込みの可能性が示唆される。 故に以上のような輸入寄生虫症が今後益々考慮すべき疾患になるものと思われる。
 今回、 寄生虫疾患の中で一般臨床において比較的経験することが多い、 俗称 「サナダムシ」 といわれる腸管条虫症について述べる。
  
腸管条虫性疾患 (intestinal tapeworm diseases)
 わが国で見られる腸管条虫症としては広節裂頭条虫症 (Dipyllobothriasis latum;日本海裂頭条虫症を含む)、 無鉤条虫症 (Taeniarhynchus saginatus infection)、 有鉤条虫症 (Taeniasis solium) がよく知られており、 また大複殖門条虫症 (Diplogono-poriasis grandis)、 小形条虫症 (Hymenolepiasis- nana)、 瓜実条虫症 (Dipylidiasis caninum) なども知られている。 

 (A) 無鉤条虫症 Taeniarhynchus saginatus infection
 無鉤条虫 (最近学名は Taeniarhynchus saginatus と改名されている (1)) は世界中に分布するが、 この疾患は、 海外渡航者などにもよくみられる疾患であり、 海外渡航者病の一つとも考えられている。 特にイスラム圏、 エチオピア等が有名で、 しかも発展途上国に限らず、 日本やヨーロッパ等の先進国での感染もある。 牛肉の生食 (ステーキのレア、 たたき等) または加熱不十分な摂取で感染する (beef tapewormといわれる)。 虫体は雌雄同体 (条虫は雌雄同体である) で、 成虫虫体は 3~10m で、 片節数は 1000 以上を数える。 症状は比較的軽く、 腹部膨満感、 食欲低下または亢進、 下痢・便秘の繰り返し、 不眠、 全身倦怠感などである。 無鉤条虫症の診断のきっかけとなるのは、 患者自身が虫体片節の自然排出があり、 肛門周囲で動き回り、 または排便後便塊の上を動いているのに気づき、 外来受診することである。 広節裂頭条虫症の場合と異なり、 虫体片節が肛門より垂れ下がるということはほとんど無い (2)。 また、 虫体片節の墨汁染色を行い、 筋肉の発達、 子宮側枝の数で有鉤条虫と鑑別する。 虫卵は鑑別困難である。 治療は praziquantel (商品名 ビルトリシド) 10~50mg/kg を 1 回、 下剤とともに投与する (2) (3)。 

 (B) 有鉤条虫症 Taeniasis solium および 有鉤嚢虫症 Cysticercosis cellulosae
 ブタ肉をよく食するインドに多く、 また一部イスラム圏を含むスラブ諸国、 中南米、 東南アジア、 南アフリカ、 韓国、 中国等に分布している。 十分加熱されていないブタ肉を摂取することによって感染する。 成虫虫体は 2~3m で、 片節数は 800 以上を数える。 重要なのは受胎片節より遊離した虫卵が腸管内で孵化し、 幼虫 (六鉤幼虫) が腸管を貫通して血行性に全身に散布され嚢尾虫を形成する有鉤嚢虫症 (自家感染) である。 また、 虫卵の付着した生野菜の経口摂取によっても有鉤嚢虫症となりうる。 有鉤嚢虫症は全身の多発性または単発性腫瘤で、 ときに筋肉内に石灰化した虫体を X 線写真で認められることがあり、 特に問題となるのは脳有鉤嚢虫症で致命的になることがある。 頭痛、 痙攣を主訴とし、 頭蓋内に嚢腫形成、 石灰化像を認める。 治療は、 虫体破壊により、 腸管内に散布された虫卵による自家感染を誘発するため、 腸管内に成虫を認める場合、 経口駆虫薬は禁忌であり、 虫体の破壊を伴わないガストログラフィンを用いて駆虫するのがよい (4)。 この時術者は感染に注意する。 嚢虫症に対しては、 praziquantel や albendazole (日本での経験は少ない) が用いられている。 駆虫時、 虫体崩壊による嚢胞液漏出でアナフィラキシーを起こす可能性があるので、 ステロイド剤の併用が必要である。 なお成人の場合、 有鉤嚢虫は赤痢アメーバ、 ランブル鞭毛虫などと同様に oral-anal sexual contact による感染もある (5)。 

 (C) 広節裂頭条虫症 Dipyllobothriasis latum
 主として北欧、 ロシア北西部に分布し、 スズキやカワマスが感染源である。 (わが国で従来、 広節裂頭条虫とされていた条虫は、 日本海沿岸のサクラマス、 カラフトマス、 ベニマス、 サケ等を感染源とするもので、 別種の日本海裂頭条虫 (Dipyllobothrium. nihonkaiense) とされている)(6)。 わが国ではコールドチェーン (低温輸送システム) の発達に伴い、 安価に新鮮な感染源が大都会の一般市民に手軽に食されるようになったために、 増加傾向にある疾患である。 成虫虫体は 5~10m で、 片節数は 3000 以上を数える。 症状は比較的軽く、 腹部膨満感、 下痢、 便秘の繰り返しなどであるが、 時に心窩部痛、 下腹部痛、 悪心などを認めることがある。 また貧血、 殊に VB12 欠乏性貧血 (裂頭条虫性貧血) を認めることもある。 しかし日本海裂頭条虫症ではそれは認められていない (7)。 この疾患の発見の端緒となる症状は、 排便時肛門より虫体片節が垂れ下がり、 自然排泄したという患者の訴えによる。 診断は患者が持参した虫体、 糞便中の虫卵の同定による。 治療は無鉤条虫症に準ずる。

予 防
 一般的には十分に衛生状態に注意しなければならない。
 個人予防:牛肉、 ブタ肉やサケ、 マス類の生食 (刺身、 たたき、 レアステーキなど加熱が不十分なもの) または不完全調理での摂取を慎むべきである。 十分な加熱調理をすることが重要である。 (無鉤嚢虫は 60℃以上に加熱または、 -10℃で 10 日以上冷凍、 有鉤嚢虫は 65℃以上または-20℃で 12 時間以上、 広節裂頭条虫幼虫 (プレロセルコイド) は-18℃で 48 時間以上の冷凍で死滅するといわれている(8)。) また、 生野菜はていねいによく洗う必要がある。
 集団予防:ウシ、 ブタの飼育地で人糞を肥料などに用い、 散乱させないこと。 食肉およびその加工食品の監視体制の強化、 環境衛生対策、 衛生知識の普及、 患者の集団駆虫などが重要である。

おわりに
 最近の生鮮魚類の輸送技術の進歩やグルメブーム、 自然食志向、 海外渡航者数の激増、 輸入食用動物や輸入生鮮食品の増加等により、 また消化管内視鏡検査の進歩・普及等により、 今後、 寄生虫疾患は一般臨床の場でも遭遇する可能性は増えていくと考えられ、 注意が必要である。

文 献
(1) 吉田幸雄:無鉤条虫、 図説人体寄生虫学 第 6 版 南山堂 p192-193, 2002 
(2) 西山利正、 石田高明:最近海外渡航者や外国人就労者にみられた経口感染性蠕虫性疾患, medicina. 医学書院 Vol.35, No.1, p145-151, 1998
(3) 石田高明、 荒木恒治、 西山利正他:当院における条虫症症例の検討-特に治療に関する知見-、 Clinical Parasitology ,Vol.12, No.1, p48-53 . 2001
(4) Nakabayashi T. et al. :A new therapy for Taenia saginata and Dipyllobothrium latum infections by duodenal administration of gastro-grafin. Jpn. J. Parasitol, 33, p215-220. 1984
(5) 荒木恒治:条虫症、 寄生虫病学第 2 版 医学要点双書 金芳堂 p135-153, 1994
(6) 熱帯病治療薬の開発研究班編:輸入寄生虫病薬物治療の手引き-1995-改訂第 4 版、 厚生科学研究費補助金オーファンドラッグ開発研究事業. P48-50, 1995

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