2015年3月12日木曜日

哀愁のピロリ陽性じいさん・・せつなすぎて

小生の外来には毎年多くのピロリ除菌患者さんがやってくる。ピロリ除菌の目的とは(1)慢性の再発性胃十二指腸潰瘍の治療 (2)急性のピロリ胃炎(多くはAGMLあるいは鳥肌胃炎)の治療、そして (3)慢性萎縮性胃炎の進行を食い止め胃癌発癌を予防することである。

(1)はだんだん減ってきたような気がする。かつてのように宿痾としかいいようがない「胃十二指腸潰瘍の再燃」は最近あまり見なくなった。(2)は年に何人か見る。拾い食いでもしたのかしらんと意地悪な見方をしてしまうが、これも随分昔は医原病—すなわちカメラの消毒不充分—によるものだった可能性が考えられるという。今のAGML(あるいは鳥肌胃炎)は急性のピロリ感染であり、若年層に多く(すなわちこれまで胃カメラなんかしたこともないような方々)、除菌が極めて有効である。

 最近のピロリ除菌の話題といえば(1)だんだん除菌治療による除菌成功率が下がってきていること(2)ピロリ除菌と胃癌、とくにピロリ陰性胃癌である。

小生は外来で患者さんたちに「一回目の治療でだいたい70〜80%の方が成功します。」「ということは100人のうち20〜30人は一回では消えないということです。」「でもこの治療には二回目があり、そこまですれば97%の患者さんはピロリ除去に成功します。」「100人のうち3人つまり30人に1人は二度やっても消えない。除菌は諦めて定期的な胃カメラを続けましょうね」とこれまで申し述べてきた。

 最近言われているのはどうも女性は除菌成功率が低そうだということだ。だから小生このごろは女性には「一回目の治療で70%の方が成功します。」男性には「一回目の治療で80%の方が成功します。」というようにしている。

さらに二次除菌の成功率もかつてのように97%はいかず93〜95%ということだ。もっとも最近登場した「タケキャブ」という抗潰瘍薬を除菌につかうとどの抗潰瘍薬よりも除菌成功率が高いと「武田薬品」は宣伝しているから、これが本当なら一日も早く武田はランサップの組成を「タケキャブ」に変更するべきだ。タケプロンよ、さようなら・・・。

 さてピロリ除菌で胃癌は減るのか。じいさん、ばあさんで年取ってから除菌したとしても、これまで何十年も慢性萎縮性胃炎だったんだから、そんなに簡単には胃癌と縁がきれることはなかろう。とはいえ、世評では除菌することで危険率は1/3に減ると言っているから、やはりいくつになっても除菌はすべきなんだろう。

 では生まれてから一回もピロリ感染がないヒト達からは胃癌は出ないのであろうか?あの有名なNEJM論文ではピロリ陽性群からしか胃癌は発生しないとのお話しであった。事実上ピロリ陰性胃粘膜からは胃癌はほとんど発生しないといっていいのあろう。

でも症例報告的には発癌しているのである。発症年齢が低く、分化度ではsignet、体上部に多く、胃底腺型の早期胃癌がそのサブグループの特徴のようだ。若年でsignetだからスキルス・・・かというとそうではない。発見されたものはほとんどが早期癌のようである。かならずしも悪性度は高くなさそうであるが、ピロリ陰性に出現する胃癌はこんな性格のようである。発生率は極めて低い。私たち臨床家としては、若年者ピロリ陽性者を見つけてはせっせと退治していくことが肝要だ。ピロリ陽性期間—罹患期間は短ければ短いほどよいだろう。

 今後日本ではピロリ陽性率は急速に減少していくだろうから、胃癌も減っていく。だけど無くならない。新しいタイプの胃癌がこれからは主体となる。

閑話休題 

さて、そんな状況下で臨床をやっている小生のもとに今日1人のピロリ陽性じいさんがやってきたのだ。ある企業が郵送でやっている「ピロリ感染キット」で陽性だったので除菌してくれとやってきたのだった。カメラをしたことがないというので、直ちにカメラを行い、さて除菌である。

 おじさんこんなことを言う。「娘が今妊娠31週なんですな。その娘が我が家にこのキットを送り付けてきたわけです。そしたらアタシも妻も陽性だったんですね。娘の言うことがひどいんだ。『もしピロリ陽性だったら治療して陰性にならないかぎり、生まれてくる子供に触らせない』なんていわれちゃって・・・」

 私は怒りを抑えきれなかった。がしかし、娘のいうことにも一理あるのだ。いやあるのは1/10理(じゅうぶんのいちり)くらいかしらね。でも現代娘はもう少し考えて親にものを言いましょうね。どれくらい親が傷つくか。

もう私なんかそのいきさつをお聞きして、せつなくてせつなくて。

じいさん、もし陰性にならなくても、触ったくらいで感染なんかしません。どんどん触りなさい。孫の健全な成長にじじばばのスキンシップは欠かせませんのじゃ。

ただそこのあなたが「口移し世代」であるのなら、ちょっと待ったほうがいいかも。今頃は「口移し」は流行りません。虫歯菌(なんてあるのか?)のこともありますしね・・。

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