2010年2月27日土曜日

梅毒をどう疑うか?

腰椎圧迫のため昨日入院した92才のTさんはとんでもなく遠いところから運ばれてきた。そのTさんの入院時梅毒検査は

RPR 8倍
TPHA 5120培

と微妙だ。  皮膚に発疹はないようだ。陰部は看護師に診て貰おう。認知があり過去の病歴把握が難しい。子供達とは40年以上離れて生活しており、また旦那はいない。情報源として頼るべき病院もない。つまり梅毒罹患歴がはっきりしないのだ。治療歴もはっきりしない。おそらくはかつて治療歴があるのだろうと推察されるが、追加検査としてFTA-ABSというのがあり10日くらいかかるらしいが、これが陽性だとBFPでなく、梅毒罹患が確定する。問題はactiveか inactiveか?まあFTA-ABSをやってみよう。

2010年2月23日火曜日

尿中CPR

CPRは血中の濃度や1日に尿中へ排出される量で測定されるのが一般的で、それぞれの正常値は以下のとおり。

・血中CPR値(空腹時)1.5ng〜3.0ng
・1日尿中CPR排泄量 35μg〜50μg

血中CPR値(空腹時)が0.5ng以下1日尿中CPR排泄量が20μgを下回っている場合、インスリン注射が必要であると考えられる。

(※)単位について
ng (ナノグラム)  : 十億分の1グラム
μg(マイクログラム) : 百万分の1グラム

■尿中CPR検査用の蓄尿について 尿C−ペプチド安定化剤1袋(10g)を蓄尿用容器に前もって入れておきます。
   内容:炭酸ナトリウム96.4g
           SDS(n-ドデシル硫酸ナトリウム) 3.6g

   作用:尿のpHをアルカリ性にし尿中CPRの分解を防ぎ、SDSは殺菌効果があるため細菌の繁殖を抑え、
      尿中CPRの測定値の安定化をする。

 尿中CPR
   インスリン治療患者でIRI(インスリン、immunoreactive insulin)を測定しても外因性インスリンやインスリン抗体のために意味をなさない。プロインスリン1分子の分解によって、インスリン1分子と CPR(C-ペプチド)1分子が生じることから、血中CPR、尿中CPRが測定される。プロインスリンが増加する場合は、尿にはプロインスリンが排泄されないため、尿中CPRを測定する。

2010年2月21日日曜日

永田町落書

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日本には謎の鳥がいる。
正体はよく分からない。
中国から見れば「カモ」に見える。
米国から見れば「チキン」に見える。
欧州から見れば「アホウドリ」に見える。
日本の有権者には「サギ」だと思われている。
オザワから見れば「オウム」のような存在。

でも鳥自身は「ハト」だと言い張っている。

「カッコウ」だけは一人前に付けようとするが
お「フクロウ」さんに、「タカ」っているらしい

それでいて、約束をしたら「ウソ」に見え
身体検査をしたら「カラス」のように真っ黒、
疑惑には口を「ツグミ 」、
釈明会見では「キュウカンチョウ」になるが、
頭の中身は「シジュウカラ」、
実際は単なる鵜飼いの「ウ」。

「キジ」にもなる「トキ」の人だが

私はあの鳥は日本の「ガン」だと思う。

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良くできているが、不愉快だ。どうせ自民党の代議士か霞ヶ関の木っ端役人が作ったのだろう。最後の行は初めの頃のバージョン(元歌)にはなかった一言だ。段々進化(退化?)していったようだ。良くないなあ。今更自民党政権にはなりえないんだから、そしてこれからしばらくは民主党を育てなくてはいけないというのが、世の中にはどうして解らないのだろうと思う。これしきで民主党政権が倒れてたまるものか・・5年はやらせて、徹底的に自民党的な根(これは直接的には金づるのことである)を断たせてしまうまでは、民主党に頑張ってもらわなければならない。また5年のうちにはさすがに創価学会の首領も引退することだろう。そこまでは頑張ってもらわないといけない。


Nature18 February 2010から大きな論文

久しぶりに読み応えのありそうな論文が出た。
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Article

Nature 463, 893-898 (18 February 2010) | doi:10.1038/nature08768; Received 16 April 2009; Accepted 14 December 2009

Signatures of mutation and selection in the cancer genome

遺伝: がんゲノムの変異および選択における特徴

このNature Japanの訳はいまひとつわかりにくい。他の雑誌と比べてNature Japanの翻訳家は比較的アクロバティックな訳が得意であり、思わず「ナイス!」といいたくなることも多いのだが、この訳はぴんと来ない。もっと意訳をして欲しい。たとえば「癌化とともに遺伝子変異はどのように選ばれてゲノムに刻印されていくのか?」とか「選ばれてゲノムに刻印された変異の特徴」とか「多くの突然変異のなかで、特に選ばれてゲノムに蓄積されていく変異の特徴とは」とか・・・いかがであろうか?まだ本文を読んでもいないのに大胆かしら?しかし標題は全てを表すのであり、ボクが英語のSignatures of mutation and selection in the cancer genome から受ける印象と著者の心意気は以上のようなものだ。

読んで欲しいのなら工夫をしなくては!!

Graham R. Bignell1,4, Chris D. Greenman1,4, Helen Davies1, Adam P. Butler1, Sarah Edkins1, Jenny M. Andrews1, Gemma Buck1, Lina Chen1, David Beare1, Calli Latimer1, Sara Widaa1, Jonathon Hinton1, Ciara Fahey1, Beiyuan Fu1, Sajani Swamy1, Gillian L. Dalgliesh1, Bin T. Teh2, Panos Deloukas1, Fengtang Yang1, Peter J. Campbell1, P. Andrew Futreal1 & Michael R. Stratton1,3

  1. Wellcome Trust Sanger Institute, Hinxton, Cambridge CB10 1SA, UK
  2. Van Andel Institute, Grand Rapids, Michigan 49503, USA
  3. Institute of Cancer Research, Sutton, Surrey SM2 5NG, UK
  4. These authors contributed equally to this work.

Correspondence to: P. Andrew Futreal1Michael R. Stratton1,3 Correspondence and requests for materials should be addressed to M.R.S. (Email: mrs@sanger.ac.uk) or P.A.F. (Email: paf@sanger.ac.uk).

Abstract

がんゲノムは、体細胞突然変異と選択という2つの過程によって形成される。がんゲノムでのホモ接合性欠失は、劣性がん遺伝子に生じた場合には選択的増殖優位性を獲得し、脆弱な部位に生じた場合にはDNA切断率の局所的増加を反映すると考えられている。しかし、がんゲノムでのホモ接合性欠失の多くは原因不明である。今回我々は、746種のがん細胞株における2,428個の体細胞のホモ接合性欠失を同定した。これらの欠失はタンパク質をコードする遺伝子の 11%と重なっており、したがってヒト細胞の生存に必須ではない。我々は、劣性がん遺伝子上、あるいは脆弱部位内にあるホモ接合性欠失を識別するための構 造的特徴を導き出した。原因不明のホモ接合性欠失のクラスターにこれを適用すると、その多くは本来脆弱な領域に存在するが、一部は劣性がん遺伝子と重なる ことが明らかとなった。今回の結果は、がんゲノムにおける変異と選択との影響を識別するために、構造的特徴がどのように使えるかを示している。公開されて いる数多くのがん細胞株におけるコピー数、遺伝子型同定、配列および発現に関するこの膨大なデータは、将来のがん生物学および創薬の研究にとって有益な情 報となる。

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Article

Nature 463, 899-905 (18 February 2010) | doi:10.1038/nature08822; Received 2 June 2009; Accepted 23 December 2009

The landscape of somatic copy-number alteration across human cancers

医学: ヒトがんの体細胞性コピー数変化の全体像

Rameen Beroukhim1,3,4,5,24, Craig H. Mermel1,3,24, Dale Porter8, Guo Wei1, Soumya Raychaudhuri1,4, Jerry Donovan8, Jordi Barretina1,3, Jesse S. Boehm1, Jennifer Dobson1,3, Mitsuyoshi Urashima9, Kevin T. Mc Henry8, Reid M. Pinchback1, Azra H. Ligon4, Yoon-Jae Cho6, Leila Haery1,3, Heidi Greulich1,3,4,5, Michael Reich1, Wendy Winckler1, Michael S. Lawrence1, Barbara A. Weir1,3, Kumiko E. Tanaka1,3, Derek Y. Chiang1,3,13, Adam J. Bass1,3,4, Alice Loo8, Carter Hoffman1,3, John Prensner1,3, Ted Liefeld1, Qing Gao1, Derek Yecies3, Sabina Signoretti3,4, Elizabeth Maher10, Frederic J. Kaye11, Hidefumi Sasaki12, Joel E. Tepper13, Jonathan A. Fletcher4, Josep Tabernero14, José Baselga14, Ming-Sound Tsao15, Francesca Demichelis16, Mark A. Rubin16, Pasi A. Janne3,4, Mark J. Daly1,17, Carmelo Nucera7, Ross L. Levine18, Benjamin L. Ebert1,4,5, Stacey Gabriel1, Anil K. Rustgi19, Cristina R. Antonescu18, Marc Ladanyi18, Anthony Letai3, Levi A. Garraway1,3, Massimo Loda3,4, David G. Beer20, Lawrence D. True21, Aikou Okamoto22, Scott L. Pomeroy6, Samuel Singer18, Todd R. Golub1,3,23, Eric S. Lander1,2,5, Gad Getz1, William R. Sellers8 & Matthew Meyerson1,3,5

  1. Cancer Program and Medical and Population Genetics Group, The Broad Institute of M.I.T. and Harvard, 7 Cambridge Center,
  2. Whitehead Institute for Biomedical Research, 9 Cambridge Center, Cambridge, Massachusetts 02142, USA
  3. Departments of Medical Oncology, Pediatric Oncology, and Cancer Biology, and Center for Cancer Genome Discovery, Dana-Farber Cancer Institute, 44 Binney Street,
  4. Departments of Medicine and Pathology, Brigham and Women’s Hospital, 75 Francis Street,
  5. Departments of Medicine, Pathology, Pediatrics, and Systems Biology, Harvard Medical School, 25 Shattuck Street,
  6. Department of Neurology, Children’s Hospital Boston, 300 Longwood Avenue,
  7. Department of Pathology, Beth Israel Deaconess Medical Center, 3 Blackfan Circle, Boston, Massachusetts 02115, USA
  8. Novartis Institutes for BioMedical Research, 250 Massachusetts Avenue, Cambridge, Massachusetts 02139, USA
  9. Division of Molecular Epidemiology, Jikei University School of Medicine, 3-25-8 Nishi-shimbashi, Minato-ku, Tokyo 105-8461, Japan
  10. Department of Internal Medicine, UT Southwestern Medical Center, Dallas, Texas 75390-9186, USA
  11. Genetics Branch, Center for Cancer Research, National Cancer Institute and National Naval Medical Center, Bethesda, Maryland 20889, USA
  12. Department of Surgery II, Nagoya City University Medical School, Nagoya 467-8601, Japan
  13. Department of Genetics and Radiation Oncology, UNC/Lineberger Comprehensive Cancer Center, University of North Carolina, School of Medicine, Chapel Hill, North Carolina 27599, USA
  14. Medical Oncology Program, Vall d’Hebron University Hospital Research Institute, Vall d’Hebron Institute of Oncology, and Autonomous University of Barcelona, 08035 Barcelona, Spain
  15. Department of Pathology and Division of Applied Molecular Oncology, University Health Network, Princess Margaret Hospital and Ontario Cancer Institute, Toronto, Ontario M5G 2M9, Canada
  16. Department of Pathology and Laboratory Medicine, Weill Cornell Medical College, New York, New York 10065, USA
  17. Center for Human Genetic Research, Massachusetts General Hospital, Richard B. Simches Research Center, Boston, Massachusetts 02114, USA
  18. Departments of Medicine and Pathology, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, 1275 York Avenue, New York, New York 10065, USA
  19. Departments of Medicine (GI Division) and Genetics, and Abramson Cancer Center, University of Pennsylvania, 415 Curie Boulevard, Philadelphia, Pennsylvania 19104, USA
  20. Section of Thoracic Surgery, Department of Surgery, University of Michigan, Ann Arbor, Ann Arbor, Michigan 48109, USA
  21. Department of Pathology, University of Washington Medical Center, 1959 North East Pacific Street, Seattle, Washington 98195-6100, USA
  22. Department of Obstetrics and Gynecology, Jikei University School of Medicine, 3-25-8 Nishi-shimbashi, Minato-ku, Tokyo 105-8461, Japan
  23. Howard Hughes Medical Institute, Chevy Chase, Maryland 20815, USA
  24. These authors contributed equally to this work.

Correspondence to: Eric S. Lander1,2,5Gad Getz1William R. Sellers8Matthew Meyerson1,3,5 Correspondence and requests for materials should be addressed to E.S.L. (Email: lander@broadinstitute.org), G.G. (Email: gadgetz@broadinstitute.org), W.R.S. (Email: william.sellers@novartis.com) or M.M. (Email: matthew_meyerson@dfci.harvard.edu).

Top

腫瘍が形成される際にカギとなる役割をもつ遺伝子を発見する強力な方法は、ヒトがんにおいて頻繁に変化がみられるゲノム領域の同定である。本論文では、大部分が26の組織型に属する、3,131個のがんサンプルの体細胞性コピー数変化(SCNA)についての高解像度解析を示す。我々は、いくつかのがん種で有 意に高い頻度で変化がみられる局所的SCNA領域を、158同定した。このうちの122は、これらの領域内に位置する既知のがん標的遺伝子の存在によって 説明できないものである。アポトーシス調節因子である BCL2 ファミリーやNF-κB経路などのいくつかの遺伝子ファミリーが、これらの局所的SCNA領域中に多くみられる。 MCL1BCL2L1 の抗アポトーシス遺伝子周辺の増幅がみられるがん細胞の生存は、これらの遺伝子の発現に依存していることがわかった。また、個々の種類のがんで同定されたSCNAの大多数が、複数種のがんに存在することを示す。

(この訳もなんとかならんのかね!はっきり言って金銭のやりとりがあるプロの所作とは思えぬ!)

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2010年2月17日水曜日

いまごろ知ったぞ上田泰己:面白い人だ。

上田泰己という研究者がいることを昨日知った。上田泰己は時間の生物学研究者であり、神戸の理研に研究室を構えている。「かわら版」的プロフィルを紹介すると、久留米の附設高校を出て東大医学部に入り、在学中にソニーの人工知能の研究室に入り、かつまた山之口製薬の研究室に在職し、時間生物学で画期的な仕事をしたため、27才で理研プロジェクトリーダーと抜擢されたという。

アカデミズムと離れてしまい、なおかつ日常の診療に追われてテレビを余り見ないことの弊害の一つは、このような新進気鋭の研究者の澎湃に気が付かないことであるが、まあ良いとしよう。世間のうわさと関係なく、自分のアンテナ(たとえさび付いていて、一部の傘が壊れかけていようが、あくまで自分のアンテナである)に引っかかってくればよい。それがいつであってもボクには新鮮だ。そう昨日のNHKのテレビは新鮮だった。新鮮だった理由は、あのベンザーが始めた時間生物学の後継者的研究者であり、コンピュータープログラムができ、医者の学校を出ており(メディカルサイエンスが解るひとであるということ)だったことであるが、そればかりでなく、彼の率いる「学際」的なプロジェクトが素晴らしかった、良いチームだなあ、「学際」というものが初めてよいものだなあと思えたからでもある。「学際」もワークすれば素晴らしい。

「学際」というのはこの20年くらいのキーワードであるが、医学ではこれがなかなか、お役にたたなかったのですな。私の狭い経験では、臨床医学に他分野の研究者が混じってくると話がややこしくなる傾向があるようだ。例えばマイクロアレイ。発現データと臨床諸事項のデータがあって、医者と生物学者と数学者とコンピュータ屋さんと統計屋さんがいて、データの解釈を行おうとする。これがなかなか議論がかみ合わない。実験であるから(医者はこれを実験と見てしまう)コントロールが大事なのだが、臨床サンプルであるから、実は厳密な意味でのコントロールをそろえることができない。たとえば癌の遺伝子発現プロフィルを見出したいとして、じゃコントロールの細胞(組織)は何を用意すればいい?データを出したあとから、コントロールはそれでよかったのかね?という議論が出たりするが、それが日常であるのが医学臨床研究なのだ。医者以外の諸君はこれに参る、付き合いきれず、これに戸惑う。そんな戸惑いに今度は医者がいらだつ。というのがこれまでの臨床医学における「学際」的研究につきまとうジレンマであった。医学というのは本当にサイエンスなのか?と医者以外が思ってしまう。時に医者も思ってしまう。

医学は本当にサイエンスなのか?」というのは永遠の命題なのだよ。

上田の研究室には実に様々な人種がいる。数学者もいれば、システム屋さんもいる。ゲノム屋も、細胞生物屋もいる。それで議論が成り立つというのは、上田の方法論が限りなく理工学に近いからなのだろう。メディカルの上田の方から理工系に歩み寄っているからなのだろう。スタッフとのディスカッションが面白いではないか。やっと出たデータを実験者と2人で解釈する上田は真剣だ。40分もの間、何も言わずに考え続けるのだ。うなりながら・・・。予想通りのデータに混じる「傷のようなデータ」。この不協和音について考え抜く。こんなシーンをテレビで見るのは初めてだ。40分たって「わかった。面白い」と言い始めるのだが、上田以外、ボクもデータを出した研究員も誰もその面白さがわからない(ここのところの面白さを後から振り返って、でよいから、つまり論文になって公知になってからでいいから、解説した番組を報道せよ。とてつもなく面白い教育的番組になることであろう)


なにもボクは買いかぶって拡大解釈しているわけではない。これこそが上田が学生の頃からやりたかったことの具現化なのだろうから・・・

上田は東大の学生時代にこんな文章を残しているのだ。

・・・・・さらにもう一つ彼(この彼とはソニーの北野宏明で当時の上田のボス)が行おうとしていることは、そして僕もその共犯者であるわけですが、生物学を博物学から理学にすることです。用いる道具はComputer です。 
 Computerを用いて生物学を研究する領域はちょうどBiology とComputer Scienceの境界に当たります。現在、Computational Biology あるいはTheoretical Biologyという言葉がこの学問領域をさすのに用いられていますが、まだ未開拓な分野です。Computational Biology にはいろいろな研究が在りますが、僕らがやろうとしているのはSimulationです。・・・・

生物学(=医学)を博物学から理学にする

ひょっとして上田は、とてつもないことを行おうとして、最初の小さな成功を得ているのかもしれない。面白い研究者である。

記憶をテーマにした面白い映画群

記憶 映画 10分

でググると「メメント」が出てきます。

記憶 映画 5分


でググると「NOVO」が出てきます。

記憶 映画

でググると下にあげるような映画が出てきます。

「ジャケット」
1992年。湾岸戦争での頭部の負傷が原因で記憶障害になったジャックは、ある殺人事件に巻き込まれ精神病院に送られてしまう。拘束衣(ジャケット)を着せられ、死体安置用の引き出しの中に閉じ込められる ...

「エターナル・サンシャイン」
恋人同士だったジョエルとクレメンタインは、バレンタインの直前に別れてしまう。そんなある日、ジョエルのもとに不思議な手紙が届く。「クレメンタインはあなたの記憶をすべて消し去りまし ...

「バタフライ・エフェクト」
この映画のタイトルは『バタフライ・エフェクト』。蝶のはばたきが地球の裏側では竜巻を引き起こすという、カオス理論を象徴する言葉だ。つまり、「主人公が良かれと思って変えた過去のちょっとした選択が、とんでもない未来を巻き起こす」のである。 ...

「50回目のプロポーズ」

2010年2月15日月曜日

NOVOを見た:アナ・ムグラリス

「そして、デブノーの森へ」  アナ・ムグラリス



ヒントになるかどうか? 

  1. NOVO;アナ・ムグラリス

  2. memento

  3. Femme Fatale、 ブライアン・デ・パルマ、レベッカ・ローミン
これにパルプ・フィクションが加われば、最強だな。このタランティーノの映画は94〜5年くらいだが、上の3つの「記憶もの映画」は奇しくも2002年前後の作品である。ボクが見た順序は3→2→1(今晩)であるがそれぞれに面白い。2とパルプ・フィクションは映画の作りが似ているが、mementoのほうがずっと複雑でこの映画については解釈のHPが数多くある。娯楽性では3にとどめを刺す。

解釈の余地が余りなく、見かけとは裏腹にえらく高踏な映画だと思ったのがNOVOであった。このメインの男優と女優のかっこいいこと!小生はやはりフランスものには弱いことがわかった。この映画の記憶は永く残る。少なくとも5分以上は残るぞ。

2010年2月14日日曜日

マイ・ベストSF

マイ・ベストSF

最後に読んだSFはグレッグ・イーガンであり、その前がグレゴリー・ペンフィールドだから最近はほとんどSFを読んだことのない小生である、思い出せる中で良かったSFをノートしておこう。順不同思い出せる物から・・・

  1. 都市:シマック
  2. 地球幼年期の終わり:クラーク
  3. ソラリスの陽のもとに:レム
  4. 愛はさだめ、さだめは死:ジェイムズ・ティプトリー・Jr.
  5. 溺れた巨人:JG・バラード
  6. 星を継ぐもの:ジェイムズ・P・ホーガン
  7. 竜の卵:ロバート・L・フォワード
  8. ジープを走らせる娘:アルフレッド・ベスター
  9. 10月は黄昏の国:レイ・ブラッドベリ
  10. 夜来たる:アイザック・アジモフ
まだまだあるけど止めておこう。一番すきなのは8番。ジュディスメリルの年刊SFの4番目かなんかに出ていた。メリルの年刊SFは味があった、好きだった。

SFのこと

子供の頃ボクは小遣いをほとんどもらっていなかったのだが、本だけは割と自由に買うことが出来たのは、親の深謀遠慮であろうが、子供のボクにもツケで本を買うことを許してくれていたからだ。「聖文堂」というのが我が町にあった最も大きな本屋さんであり、我が家はそこから月刊誌だと文藝春秋やあとお袋の本「主婦となんとか」「今日の料理」だとかを定期で買っており、週刊誌も「週間朝日」をとっていた。毎月集金にくるわけであり、あるとき(おそらく小学校4年くらいか・・)から本だけならつけといていいからと言われたのである。だからといって「やった!」とかは思わないものだよ。さすがにマンガは自制するし、普通の本なら学校の図書館にあるし、特に買いたい本があるわけではない。強いて言えば参考書のたぐいかもしれないが、それは中学生になってからだ。しかし本屋に行くのは好きだった。小学生のくせに学校が終わると自転車を駆って週に一回は本屋に行っていた。自分で本を買うと意識して買った最初の本、買うにあたっての逡巡は明瞭に覚えているし、実は今もその本を持っている。東京創元社の文庫本で「ポワロの事件簿」である。ルパンやホームズをあらかた読み尽くしたので、自然に手が出たのがアガサ・クリスティだったということだ。実はこのときもう一冊創元社の文庫本を買っている、それがハル・クレメントの「二十億の針」である。レンズマンシリーズばかりではないのだな。このころから少しずつSFに触手が伸び始めている。今考えると初めて買ったSFが「二十億の針」というのは随分渋い。これはね、創元社のブックカバーに惹かれた。強烈に惹かれた。当時は知らなかったけど、この表紙はイブ・タンギーの絵そのものだったのだ。小学生のボクはこの絵にくらくらきたのである。本当にこの絵が好きだった。中学生になると早速「SFマガジン」を定期購読し始めた。当時どのような作家が連載していたかというと、ボクが一番印象に残っているのはロバート・シルバーバーグの「時間線をのぼろう」である。今調べてみたが(ネットは便利だ)1970年の9月から12月まで4回連載なんだ。確かにボクの中学生時代だ。その当時影響力の大きかった作家はいずれもイギリス人でブライアン・オールディスJG・バラード。中学生のボクはその後バラードにはまってしまった。「結晶世界」「強風世界」「沈んだ世界」「燃える世界」と短編集を買いまくって読みまくった。特に短編集の「溺れた巨人」は好きで好きで、何回読んだかわからない。5年くらい前には原作を買って英語でも読んだ。そのバラードも去年亡くなった。バラードの次に好きになった作家はレムである。スタニスラウ・レムである。これは高校から大学にかけてであり、最初は「ソラリスの陽のもとに」に惚れ込み、ついで泰平ヨンのドタバタSFに笑い転げているうちに、ハヤカワが次々に訳本をだすようになった。このレムもつい最近2006年ころは亡くなった。昨日知ったが国書刊行会がレムの全集を出しているのだそうだ。

大学に入った頃

大学に入った頃なにを読んでいたか

これはもうきちんと記憶されている。大学に入った年の4月の出来事というのはかなり鮮明に覚えている。いろんな覚悟をしたからな。

本を読もうと決意をした。

とはいえ何を読もうと決めたわけではない。手当たり次第でもない。周りが読んでいる本を何気なく手に取るそんな感じであろうか?最初に買った本は確か梅棹忠夫さんの「サバンナの記録」だったという記憶がある。これは良い本であり、当時確かに人類学やフィールドリサーチなどが全盛期だったことを思い起こさせる本の選択である。地方の一大学生にまでその影響は及んでいたと言うこと。ついで読んだのは辻邦生。ボクが大学に入った年に「背教者ユリアヌス」が中公文庫化されたのだった。これは浪人していることから「大学に入ったら読むぞ!」と楽しみにしていた本である。大学への数学という月刊誌の読者投稿欄にある灘髙生がその年のベストに挙げていた小説であり、紹介されていた中身も面白そうだった。ボクは世界史を選択していたしな。この「背教者ユリアヌス」は面白かった。親友のIともども私たちが辻フリークになったきっかけの小説であった。その後辻邦夫は次々に小説を発表していく。春の戴冠や仏革命のフーシュの物語などなど。


そのころ入学祝いでもらったお金で岩波の漱石全集を買った。それまで漱石は坊っちゃんやこころは読んでいたが、この全集で残りの半分くらいの作品を読んだように思う。三部作や道草などね。それでも40代になって初めて「夢十夜」を発見し感激したり、漱石の漢詩に目覚めたりすることもあり、やはり20台では気づけない世界があるのだね。
数は多くないが三島由紀夫も10冊近く読んだ。好きだったな、当時は。美徳のよろめき等々。

リーシュマニア:今週のNEJMのイメージ

リーシュマニアという病気を診たことがある日本人医師はそう多くはないのではないだろうか?病気の名前としてはよくお目にかかるが。今週のニューイングランドのイメージ写真はイランからのもので皮膚のリーシュマニアであり、かなりグロい。














治療薬はオーファン・ドラッグであるがネットで見ると世界中で何社か扱っていて多くは中国製のようである。
この症例もこの薬の注射で綺麗に治ったと記述有り。

スチボグルコン酸ナトリウム Sodium stibogluconate(商品名 Pentostam)


 以前に使用されていた3価アンチモン誘導体にかわって導入された5価アンチモン化合物であり、リーシュマニア症の治療に広く使用されている。本剤は、 リーシュマニア無鞭毛型虫体(アマスチゴート)のグリコソームに存在する解糖系と脂肪酸ベーター系酸化系の両者を阻害し、これがATPとDTP産生を低下 させ、エネルギー産生を抑制する。他に、非特異的なSH結合による高分子物質合成能の阻害も考えられているが、それらの詳細は未解明である


[適応]

1)

内臓リーシュマニア症(カラアザール)

2)

皮膚リーシュマニア症

3)

粘膜皮膚リーシュマニア症

[成人での用法・用量](以下の番号は[適応]の番号に対応)

1)

20 mg/kg(最大800 mg)を1日1回静注、または筋注、最低20日間継続する。

2)

10〜20 mg/kgを1日1回静注または筋注、14〜28日間あるいはそれ以上投与。L. braziliensis によるものでなく、単発で炎症のない結節性病変であれば100〜300 mgの局注を1回、必要ならば1〜2日の間隔で2回行う。L. braziliensis による場合には、局所病変が治癒してから数日間全身投与を必要とする。

3)

20 mg/kg(最大800 mg)を1日1回静注、または筋注するが、寄生虫学的、臨床的治癒を来す期間より数日長く行う(20日間程度)。

最近多い高尿酸血症の初診


痛風の治療と高尿酸血症の治療・・・というように分けて記述できるところがこの病態のやっかいな所である。発作を起こす患者を治療していき2年たったとする。無症状が2年続いている、しかし治療前は3回以上発作があったものとする。ザイロリックを飲ませ続けているが、この先どのようにするか6-7-8ルールで6以下にこだわるのか、それとも7以下でよしとするのか?

ザイロリックを出すクラインには以下のようなHPがあり、これはこれで重宝するのだが・・・

治療目標6mg/dlは厳格に


治療目標値の6mg/dlですが、これもぜひ注意していただきたい点のひとつです。たとえば、尿酸産生抑制 薬アロプリノールなら、100mg1錠で、血清尿酸値は約1.5mg/dl下がり、尿酸排泄薬ベンズブロマロンなら、25mg1錠で、血清尿酸値は約 2mg/dl下がります。ふつう痛風発作を起こす患者さんは、血清尿酸値が8〜9mg/dlありますから、アロプリノール、ベンズブロマロンの標準投与量 の1日1錠ではそれぞれ6.5〜7.5mg/dl、6〜7mg/dlまでしか下がらず、目標値の6mg/dl以下には届きません。この状態では、薬をきち んと服用していても年に1〜2回の発作を起こしてしまうのです。  血清尿酸値は7mg/dlが飽和濃度ですので、これを超えていれば、関節などに蓄積した尿酸塩は溶けてきません。7mg/dlを下回ることができなけれ ば、尿酸塩が減ることはないのです。そうした意味で、治療目標値の6mg/dlを下回ることは非常に大切になります。ぜひ注意していただきたいと考えま す。
 われわれが現在使っている尿酸コントロール薬の1日平均投与量を調べたところ、アロプリノールは208mg、ベンズブロマロンは38mgでした。この量でほぼ、血清尿酸値は6mg/dl以下という治療目標レベルに到達しています。
 治療中は尿酸値をモニターしながら、必ず6mg/dl以下になるように、厳格にコントロールしていくことが必要です。

2010年2月13日土曜日

大学後期から社会人初期

仕事を始めると、忙しくて本が全く読めない、なんてことは全くなく、手当たり次第買いまくり読みまくりであった。かならず読む作家というくくりはなかったが、気になる作家というのは山のようにいた。

これはやはり本とジャズと酒に狂った叔父貴の影響が強い。月に2〜3回は叔父の家に遊びにいっていたが、その書庫には50年代から60年代にかけての潮流が静かに生き残っていた。その書庫は100万都市の郊外にあるただっぴろい畑のど真ん中に要塞のようなたたずまいで鎮座しており、過激派の隠れアジトといっても全く違和感ない存在をほこっていた。その書庫で20代のぼくが一番気になった作家や詩人はアラゴンブルトンといった前衛の人たち。「ナジャ」「通底器」なんていうハードカバーが埃をかぶってヘルダーリンの美装本と一緒に並んでいた。いっておくが当時はまだ国書刊行会などという書店はまだない時代である。いやあったかもしれないが、いわゆる国粋国書を扱っていた出版社に過ぎなかった、一方花田清輝全集が独特のオーラを放って、しかしほっぽり出してあった。なんとなく「お前手にとって読んでみろよ」と挑戦されているようだったな。その横にはハラハラ時計や黒田寛一の本というか雑文集が置いてあったが、こちらの方が手に取りやすかったが、これが読むに耐えないというか、晦渋といっておこう。天井近くの(裏部屋)コーナーには、膨大な量の新聞が、きちんと束ねて保管されていた。あまり目に触れて欲しくなさそうな風情だったが、その名前は「前進」といい。かつての中核派の機関紙だった。そんなものを取っておいてもしょうがないだろうに・・・という時代にすでになっていたが、まあボクなどには入る余地のない世界が叔父貴にはあったのであろう。

「逆のコーナーには塚本邦雄の詩集が何冊も何冊も置いてあるのだが、そのころの叔父貴は塚本邦雄に相当入れ込んでいたようだ。安保や左翼運動は過去の残滓として、コンテンポラリーには「詩」と「酒」と「ジャズ」しか叔父には残っていなかった。その叔父も既に亡くなって久しいが、アジトのような要塞は今に至るも現存する。蔦の多い繁るジャングルのようになっているのをこのあいだ再発見した。最後におとずれてから、もう20年にはなるはずだ。懐かしさ以上のものを感じた。時代が取り残されている場所があの要塞なのだ。

2010年2月12日金曜日

時代時代でボクがまとめて読んだ作家たち

子供の頃の定番は

(1) ルパンとホームズのシリーズ:山中峯太郎と南洋一郎
(2) (たくさんはないけど)プーさんシリーズ
(3) (恥ずかしげもなく書くが)赤毛のアンシリーズ
くらいであろうか・・・。とにかく本を読まない子供であったから、この3つくらいしか覚えていない。
いま思い出したが、ドーデというフランスの作家が「風車小屋だより」という本を書いている。この本が好きだった。これは南仏

中学生の頃の定番は

(1) エラリー・クイーン(創元社)
• 1929年ローマ帽子の謎 The Roman Hat Mystery
• 1930年 フランス白粉の謎 The French Powder Mystery
• 1931年 オランダ靴の謎 The Dutch Shoe Mystery
• 1932年 ギリシア棺の謎 The Greek Coffin Mystery
• 1932年 エジプト十字架の謎 The Egyptian Cross Mystery
• 1933年 アメリカ銃の謎 The American Gun Mystery
• 1933年 シャム双生児の謎 The Siamese Twin Mystery
• 1934年 チャイナ橙の謎 The Chinese Orange Mystery
• 1935年 スペイン岬の謎 The Spanish Cape Mystery
• 1937年 ニッポン樫鳥の謎 The Door Between

今振り返ってみると最初の2冊と最後の一冊を読んでいないみたいだ。クイーンはとにかく面白かった。「読者への挑戦状」というのが必ずついているのだった。印象深いのは「ギリシャ棺」「エジプト十字架」である。これと次のヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」が我が中学時代の3大名作である。

(2) ヴァン・ダイン
(3) キャプテン・フィーチャー・シリーズ
(4) 銀河パトロール隊 など(ハミルトンのスペオペ)

高校の頃の定番はない・・・

作家でまとめ読みした人などいない。しかし印象に残る作家はいる。

高一の時に国語の授業で最初に輪読した本がカミュの「異邦人」であり3ヶ月くらいかかった。友人3人と最初の一学期は「異邦人」ばかり読んでいた。

高校二年では二人の詩人:西脇順三郎と伊東静雄。自分は詩や詩人とは縁なき衆生であると強く自覚していたのだが、私の目をはっきりと覚まさせてくれたのはこの二人の詩人である。いずれも教科書にまとめて数編載っていたのだが、この教科書を選んでくれた教師Nさんには大変感謝する。あと釈超空(折口信夫)も教科書に載っていたがいい詩を書く。詩については目が覚めたのはいいが、この先好きな詩人が増えたわけではない。今もって読むに耐える詩人はこの3人とあと数人だけである、ボクの場合。非常に間口が狭いんだ、わし。

最近の作家というか文筆家について(1)

この5年くらいの間で本を出せば必ず購入する作家、文筆家といえば誰だろう?

まず村上春樹はだいたい読んでいますな。面白かったかどうかは別として、必ず読んでいる。もともと村上 龍も好きなのだが、最近は余り読んでいません。「半島を出よ」は大変面白かったが、それ以降ストップしちゃったな。

次いで内田 樹の本も読むことが多いが、なんせ本の数が多すぎて、とても全部という訳にはいかぬ。

いつの間にか目が離せなくなった1人は関川夏央である。20年くらい前の例の「ソウルの練習帳」は面白かったなあ!最近では司馬遼太郎の解説本が面白かった。

本を買ってまでは読まないが相変わらずいい文章をお書きになると思うのは沢木耕太郎である。朝日新聞の映画書評「銀の街から」は楽しみである。この人は「深夜特急」以来のファン。

2010年2月9日火曜日

下駄骨折とJones骨折 vs Wii骨折

下駄骨折とJones骨折 vs Wii骨折

ただ単にWii骨折をnoteしてもしょうがない。小生がWii骨折という言葉に反応し写真を見たとき思ったのは、「あれ、これは日本では昔から有名ななんとかという名前のついた骨折だよな」ということ。今朝その「なんとか」を思い出した。「下駄骨折」である。第5中足骨近位端部の骨折。バンカラ学生が高下駄を履いていた頃はよく見られたと教科書にはある。この場所の骨折では、もう一つJones骨折も思い出す必要がありそうだ。Jones骨折は馬鹿にしていると無腐性の偽関節を形成することがあるとものの本には警告が載っている。Jonesは同じ第5中足骨であるが骨幹の近位部であり、疲労骨折。サッカーで無理にひねってシュートを打つ場面を繰り返すとなると覚えておけばよい。

更に手の関節で舟状骨骨折と同じ状況にあることを思い出す。この二つの骨の血行支配はかなり特異的で、骨折すると近位端がたちまち阻血におちいるので腐骨→偽関節となる(かなり断定的だが、非専門家はこのくらい断定的でないと覚えられない)

この辺の知識はこの一年の間に仕入れたものであり、林 寛之のシリーズで覚えたものである。この第五中足骨というのは例のオタワ足関節ルールにも入っている。良くできている。

ということでWii骨折ひとつで、実に様々なことを思い出したよ。

ちなみに「偽関節」でグーグル検索を行うともっとも良くお目にかかるのは「舟状骨骨折」である。月状骨の横で親指の根元にあるこの骨、日常小生が出くわすことはほとんどない骨折であるが、もし疑い症例をみたら余程気を付けておかないと「訴訟の原因」になる。くわばらくわばら、骨折である。

一方ジョーンズ骨折あるいは下駄骨折はこの1年半で3例くらいは見た。オタワの検索をやるようになってからは、まず見逃さない骨折であろう。踏み外しが多いのだ、下駄であろうがWiiであろうが・・・。

2010年2月6日土曜日

NEJMの最新号Wii骨折:Wiiをやり過ぎると骨折する?

NEJMの最新号に Wii骨折なる論文が出ている。1990年代にはNintendinitisという腱鞘炎があったという。いずれも日本の玩具メーカーにとっては痛し痒し、しかしなお誇らしい病名かもしれない。病名になるくらい普及すればこれはホンモノである。今回はWiiをやりすぎると足を骨折しますよ・・・という(笑)レポートだ。ボクが留学していたころは、周りのアメリカの子供達は' I'm going to nintendo' と言っていた。nintendoで任天堂のゲームをdoするという造語であり感心した覚えがある。


Volume 362:473-474 February 4, 2010 Number 5


A Wii Fracture

To the Editor: In 1990, Brasington described "Nintendinitis"1 in a patient with pain over the extensor tendon of her thumb after 5 hours of playing a Nintendo video game. Nintendo next released the highly popular Wii games console that includes a wireless remote capable of detecting movement in three dimensions. Clinicians began to see patients with "Wiiitis."2 There do not seem to be reports of associated bony injuries, although interactive gaming has been reported to aid in the rehabilitation of patients after fracture.3

In the United Kingdom, a healthy 14-year-old girl presented to the emergency department at Horton General Hospital in Banbury (near Oxford), having sustained an injury to her right foot with associated difficulty in mobilization. She had been playing on her Wii Fit balance board and had fallen off, sustaining an inversion injury. (The Wii Fit replaces handheld controls with a pressure-sensitive board about 2 in. off the ground that lets the user participate in tricky games that can improve balance.)

On examination, there was soft-tissue swelling around the base of the fifth metatarsal, which was maximally tender to palpation. A radiograph showed a small fracture of the base of the fifth metatarsal (Figure 1). The patient was treated conservatively with the use of crutches and was referred to the fracture clinic for outpatient follow-up. The fracture probably resulted from the pull of the peroneus brevis muscle during inversion of the ankle.


Figure 1. Fracture of the Base of the Fifth Metatarsal in the Patient.

Other reported Wii-associated injuries have included traumatic hemothorax (from a fall while playing),4 dislocations, and head injuries (from being struck accidentally by a gaming partner).5



Karen A. Eley, M.R.C.S.(Ed)
Oxford Radcliffe Hospitals NHS Trust
Oxford, United Kingdom
karen.a.eley@gmail.com

Financial and other disclosures provided by the author are available with the full text of this letter at NEJM.org.


References
  1. Brasington R. Nintendinitis. N Engl J Med 1990;322:1473-1474. [Web of Science][Medline]
  2. Bonis J. Acute Wiiitis. N Engl J Med 2007;356:2431-2432. [Free Full Text]
  3. Wii games help fracture patients regain movement. Nursing Times. May 16, 2009.
  4. Peek AC, Ibrahim T, Abunasra H, Waller D, Natarajan R. White-out from a Wii: traumatic haemothorax sustained playing Nintendo Wii. Ann R Coll Surg Engl 2008;90:9-10.
  5. Wells JJ. An 8-year-old girl presented to the ER after accidentally being hit by a Wii remote control swung by her brother. J Trauma 2008;65:1203-1203. [Web of Science][Medline]

2010年2月4日木曜日

ニューイングランド:最新イメージは静脈瘤破裂

Bleeding Esophageal Varices

破裂して出血している食道静脈瘤:今週のイメージはパナマからの映像です。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMicm0807812

2010年2月3日水曜日

厚労省はいい加減にせよ!

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厚生労働省は1月29日、内服薬処方せんの記載方 法の在り方に関する検討会の報告書を公表した。同検討会は09年5月から11月にかけて5回行われ、処方せん記載方法の標準化などについて幅広く検討し た。

内服薬処方せん記載の在るべき姿として、

(1)「薬名」は薬価基準に記載されている製剤名を記載する
(2)「分量」は最小基本単位の1回量を記載する
(3)散剤および液剤の「分量」は製剤量を記載する
(4)「用法・用量」における服用回数・服用のタイミングについては標準化を行い、「×3」など情報伝 達エラーの生じやすい表現を排除し、「1日3回朝昼夕食後」など日本語で明確に記載する
(5)「用法・用量」における服用日数は、実際の投与日数を記載す る—が基準とされた。

この基準をもとに、処方 オーダリングシステムや電子カルテシステムなどの入力方法について、短期的に着手すべき方策と長期的視点で取り組む方策が示された。移行期間については厚 労省が同報告書を周知するとともに、内服薬処方せんの記載のあるべき姿の移行状況について、2〜3年で中間評価を行い、再検討しつつ進める。

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厚労省はいい加減臨床医にあれこれいうのは止めて欲しい。幼稚園の先生ではないんだから。手書き処方を旨としている当病院で(4)1日3回朝昼夕食後なんてめんどくさくてとても書けたものではない。歴史的に 3x n.d.Eという誰でもわかる(この業界にいればだ)立派なジャーゴン文化があるのだから、そのままにしておけ。こういうことを言い出す前提にはコンピューター導入が前提であることは見え見えなのだが(それはDPCにつながるし、新自由主義者達のいいたがる。医療コスト計算へのデータベース化、ということにもなるのだが)そうでないコンピューター導入なんてできないクリニックも多いことを考えなさい。また物が言えない中小クリニックの鬱積はいかばかりのものか?



2010年2月2日火曜日

最近の朝日新聞について:天声人語変

歴代天声人語子
  • 嘉治隆一 1945年9月〜1946年4月
  • 荒垣秀雄 1946年5月〜1963年4月
  • 入江徳郎 1963年5月〜1970年4月
  • 疋田桂一郎 1970年5月〜1973年2月
  • 深代惇郎 1973年2月〜1975年11月
  • 辰濃和男 1975年12月〜1988年8月
  • 白井健策 1988年8月〜1995年8月
  • 栗田亘 1995年8月〜2001年3月
  • 小池民男 2001年4月〜2004年3月
  • 高橋郁男 2004年4月〜2007年3月
  • 福島申二 2007年4月〜
  • 冨永格 2007年4月〜
新聞をすみから角まで一番良く読んだのは小学高学年から中学までと、大学の後半だろうと思われる。そのころも天声人語はすべて読んでいるであろうから(読んでいない日の方が少ないのは今もそうであるが・・)実際ボクが物心ついてから天声人語を読んでいないのは去年までの1年半と海外で生活した3年だけである。天声人語で面白いのは執筆者がいつのまにか変わることである。今日から変わりますよという案内があるわけではない。少なくともこれまで執筆者がかわるという案内に気が付いたことはない。しかしわかるのだ。新しい執筆者に変わったときは「あれっ」と最初の日。次の日には期待と予見がある。まあ、一週間もすれば「変わったな」というのは確信できる。

この12月から一月にかけて朝日の天声人語子は変わったと思う。それも近頃になく文章のきらきらした執筆者を選んだ。ボクのつたない記憶では70年代の深代惇郎が書き始めた時の気分に似ている。深代が書いたのはわずか2年半。
早くして亡くなったので随分世間は深代を惜しんだ。相当量の関連書籍が売り出されたような記憶がある。それはいい。それはいいのだが、今回の人語子には期待出来そうである。楽しみだ。

天声人語とasahi globeと書評(書評だけは毎日にまだ負けているかな)があれば朝日はまだまだやっていける。

最近の朝日新聞について

新聞を読むことが楽しい、待ち遠しい・・・なんて随分昔に失った感覚である。毎年正月の分厚い新聞が楽しみでたのしみでしょうがなかった、つい最近までそんな時代だったような気がするが、これはオレの錯覚か。かつて読み応えのあると思ったその内容は、その時代が確かに夢のある時代であったことの反映なのだろうか。いつしか正月の新聞を新聞受けから抜き取ると、まずその重さにがっかりするようになった。科学解説記事が真面目すぎて面白くない。面白い気の利いた記事を書くのが新聞記者の仕事だろうに、全くうきうきすることがないのである。

最近久しぶりに新聞を朝日新聞に戻した。そして週一回挟まれるasahi globeという特集記事を目にして久しぶりに「わくわく」している。こんな特集があるなら、ネットでもっと話題になれよな・・・と思った。ボクが気が付くくらい話題になれよ、と思ったよ。知っていれば随分前に朝日に新聞を戻したのに。asahi globeは面白い。昨日の話題は数学だが、テーマが「リーマン予想」なのである。ゼータ関数も出てくる。素数の分布のグラフも出てくる。大衆紙であるはずの全国紙に「リーマン予想」が堂々と出てくるのがすごくうれしいのだ。全国の「ど田舎」にいる小学生や中学生のうち一万人にひとりくらいは「へー面白いなあ」と思って読んだのではないだろうか?そんななかから数学に興味を持つ天才君が目覚めることは大いにあり得る。

おなじ紙面にジャズピアニストの中島 さち子のことが載っていた。中島は過去30年の間の「大学受験数学界」では東大で今、生物物理をやっている岡田康志と並んで有名な(つまり天才的に数学が良くできる)女性として有名であった。この中島が数学に目覚めたのは中学に入学したばかりのフェリスの数学教師が教えてくれたシュタイナーの定理(だったか?)の余りの美しさに感動してからだという。中島には環境があった。教師がいた。しかしそうでない生徒は山のようにいる、全国には。そんな生徒にとっての全国紙というのは、唯一の標準的な情報源なのだ、今でも。(ネットとは違う)

だからボクはasahi globeには期待している。小学生、中学生に読んで欲しいと思う。一人でも啓発される子供が出れば成功だ。30万人に一人でも同一学年で4〜5人だ。素晴らしいではないか!