2008年3月15日土曜日

BRCA2変異が2度起こると抗癌剤は効かなくなる

2月28日号のNatureに2つの論文が出た。BRCA2変異が2度起こると抗癌剤は効かなくなるというものである。その内容はほとんど同じであり、ここまで似ている論文も珍しい。投稿も採用もほとんど同時期。一つはシアトルのFred Hutchinsonから今ひとつはロンドンからのものである。

この論文はBRCA2変異が原因で起こる卵巣癌がマテリアルである。BRCA2は1994〜5年にかけて非常に激しい競争の中でWoosterらによって突然変異と乳癌との関連が見出された。90年代はmolecular cloningの時代であり、中村祐輔vsアメリカの戦い(私たちにはそう見えた)にはわくわくしたものである。年ごとの癌学会の大会場を熱気に包んだものだ。(発表は当然当時癌研の中村さんが行ったわけである)中村さんちの三木さんの報告も話題になった。sporadic case100例余で見つかる変異は2例程度。そしてこのうち一例はaluが飛び込んだという極めて異例の変異だったわけだ。私はゲノム屋だからaluの関連には興奮したが、これはとても臨床サイドには普遍化できない事実である。なんといっても頻度が少なすぎるのである。実はこの三木さんの報告あたりから、家族性の癌で見出される抑制遺伝子は孤発例ではほとんど変異が見られない・・・という悲しい事実を一般の臨床家に印象づけることになったような覚えがある。

ここからBRCA2研究はは二つのに分かれる。一つは家族性乳癌・卵巣癌の診断そして、あのエキセントリックな予防的乳房切除術(乳癌の発生する可能性が高いなら、いっそのこと予防的にお乳をとってしまおうという医療である)につながる。いま一つはRAD51との関連→DNA修復機構の中心選手としての役割解明の道筋である。

さて、今回の研究である。
  1. Secondary mutations as a mechanism of cisplatin resistance in BRCA2-mutated cancers
    Wataru Sakai, Toshiyasu Taniguchi

    Nature 451, 1116-1120 (28 February) 2008
  2. Resistance to therapy caused by intragenic deletion in BRCA2
    Stacey L. Edwards, Rachel Brough, Christopher J. Lord, Rachael Natrajan, Radost Vatcheva, Douglas A. Levine, Jeff Boyd, Jorge S. Reis-Filho & Alan Ashworth

    Nature 451, 1111-1115 (28 February 2008)
その要旨は
  1. 腫瘍抑制遺伝子 BRCA2 に変異がある卵巣がんは、特に白金化合物に対する感受性が高い。しかしながら、最終的にはそのようながんにはシスプラチン耐性が生じる。その耐性の機序はほとんど明らかにされていない。本論文では、シスプラチン耐性の獲得は野生型 BRCA2 遺伝子のリーディングフレームを回復させる2次性の BRCA2 遺伝子内変異に起因する可能性があることを示す。
  2. まず、シスプラチン耐性で BRCA2 が変異している乳がん細胞株HCC1428では、 BRCA2 の2次的な遺伝子変化によりBRCA2の機能が回復した。
  3. 次に、 BRCA2 に変異がある膵がん細胞株Capan-1をシスプラチン処理によって選択した結果、5つの異なった2次変異が見つかり、これらによって野生型 BRCA2 遺伝子のリーディングフレームが回復した。2次変異が生じたクローンは、いずれもシスプラチンおよびポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)阻害剤であるAG14361の両方に対する耐性を示した。
  4. さらに、 BRCA2 変異がある原発性卵巣がんをシスプラチンで治療した患者で再発したがんについて検討した。シスプラチン耐性を獲得した再発性腫瘍では、 BRCA2 に復帰変異がみられた。我々の結果は、野生型 BRCA2 遺伝子のリーディングフレームを回復させる2次的な変異が、白金製剤を使った化学療法に対する耐性獲得の臨床上の重要な仲介機構である可能性を示唆している。
というものである。一次変異(これはgermlineも持っている)の周辺領域が二次変異(欠失・挿入)を受け、readingframeが回復し、機能も(概ね)回復する。そしてcis-plainumへの抵抗性が生じるという論旨である。なるほど面白い。vitroの実験もしっかりしている。そしてなによりも5例の臨床例の解析が良い。両論文ともに臨床例の解析がなされているところに価値がある。極めて高級な「症例報告」であり、私はこんな論文を好む。「症例報告」をNature, Scienceに出すことは「臨床家」にとって最高の夢である。そういう意味で感激した。

ただ、疑問もある。
  1. この機序が直ちに一般の乳癌・卵巣癌に適応できるかどうかが不明であることが一つ(あまり期待できそうにない)。
  2. 今ひとつはもっと本質的:いったい機能復帰したBRCA2 は癌にとって何なのだ?もとはといえばお前さんが変異したから癌化したのではないかい?年を取って、昔の顔に戻ったところで、世間はもう「正常なお前さんの機能」では制御できないほど荒廃していたとでもいうのか?遺伝子治療でwild typeを細胞内に導入するという治療法はどうなる?
  3. 疑問点2番の投げかける意味は大きいと思うよ。両論文ともこの点については論じていないが、そこはNatureちゃんと冒頭のNews and Viewsで疑問を投げかけている。しかしなおかつ、この2つの論文はNatureの厳しいreviewを通過してアクセプトされているわけであり、このあたりの態度が素晴らしい。Natureは全くもって面白い雑誌である。

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