2017年10月6日金曜日

ノーベル賞イシグロ カズオとその父・石黒鎮雄

イシグロ カズオのノーベル賞

昨日家に帰って食事をしながらテレビを見ていたら8時ころテロップが流れ、2,017年ノーベル文学賞がカズオ・イシグロ氏に与えられると出て、大変驚いた。もちろん村上春樹が今年もだめだったため残念だということと、イシグロ・カズオが取ったことで更に村上春樹の受賞は遠のいたなあと思ったわけであるが、さらにいえばカズオ・イシグロはノーベル賞をとるような人だったのかという驚きが最大であった。

小生にとってカズオ・イシグロ氏という読み方はなんとなく犯罪者のようで、やはりイシグロ・カズオのほうがしっくり来るのだ。ブッカー賞を1989年「The Remains of the Day」で取った時、かなり日本でも騒がれたし、騒がれたから小生もその存在に極めて興味をもった。

ブッカー賞を知ったの84年頃だがそれはなんといってもJ・G・バラードの「太陽の帝国」やマーガレット・アトウッドの「侍女の物語が最終選考で落とされたので、こんなのを落とす文学賞があるんだと意識するようになったからなのだ。マーガレット・アトウッドはいまでも有力なノーベル賞候補らしいがが、「侍女の物語」は今でいうディストピア小説の嚆矢でもあり女流SF作家としてはル・グインやジェイムズ・ティプトリーほどではないが一世を風靡した。今回知ったがアトウッドがブッカーを落とされた同じ年(1986年)にイシグロ・カズオの「浮世の作家」は最終選考まで行っている。

イシグロ・カズオの「日の名残り」や 「浮世の作家」というのはペーパーバックを読みましょうという集まりではよく題材に使われるようで、私の自宅にも旧い2冊のペーパーバック版がある。家内も当時読んでいたのを覚えている。

その後のイシグロ・カズオについてはよく知らなかった。翻訳される彼の小説はおそらく10冊も無いはずで、寡作といってもよいのではないか。

 「Never Let Me Go」はそんななか久しぶりに話題になった。読んでみたかったが、題材が重すぎて当時の小生には無理であった。

イシグロ・カズオがなぜ日本語を話せなくなったのか昔から興味があった。一緒に渡英した両親が問題なのだろうか? 父・石黒鎮雄については今回ネット検索するといろんな情報が手に入った。(以前こんなことを調べようと思っても無理だったよな・・と慨嘆する)


  1. 1父親らしい父ではなく仕事一辺倒であり、カズオが幼いころは殆ど家にいなかったらしい。このため父親との会話の記憶がないようだ。母親の日本語がすべてのようであり、いまでも日本人の女性の日本語はかろうじて聞き取れるとのこと。だが日本人男性の声は耳に入らないらしい。(ほんまかいな!)
  2. 英語を含めて相当な数の論文(35歳までに35編)を書いていたようであり、この論文が英国で目に止まり英国の油田開発に海洋学者として招聘されたのだ書かれている。1950年代に(すなわち戦後10年たたない間に)これほど国際的に活発な日本人学者がいたことが驚きである。ちなみに父・石黒鎮雄は九州工業大学の卒業生ということである。
  3. 父・石黒鎮雄については断片的に幾つかの情報がネット上に流布されているが、もっとも面白いものは・・・

海洋学者Shizuo Ishiguro、日本出身地球物理学者の波

という文章であろう。なかなか本格的なノートである。

イギリスに渡った研究者-シズオ・イシグロをさがして

もう一つこういうものもある。

更にアマゾンの本屋さんには彼の書いたという書籍が掲載されている。


この他
という書物も断片的に読めるが、ここにはカズオやその父の長崎時代のことがかなり詳しく書かれている。

なんか読んでない一冊をまた読んでみようかなと思わせる出来事であった。

ノーベル賞受賞おめでとうございます!!

2017年9月18日月曜日

久しぶりの外科当番日

久しぶりに祭日の外科当番日の日直をやることになった。

朝8時半のスタート最初の患者殿が術後腸閉塞であり、最後の患者が右肺炎であった。いずれも入院であり小生が主治医である。あと一人膝の関節炎をこじらせたお爺さんを入院させたから入院が3人も増えてしまった。

病棟看護婦がぶいぶい口をとがらすが、お菓子やコーヒーの差し入れをしてやったら、ニコニコしている。基本単純で悪い連中ではない。

最近はボクは夜間当直を返上しているので、久方ぶりの救急外来であるが、まあいろんな患者がくること。

(1)急性耳下腺炎の学校の先生は「生徒に伝染りませんかね」と人が良い。それより貴君が睾丸炎にならないように心配しなさい。

(2)尿管結石ではなさそうな尿道出血の39歳男子。排尿の最後でポタポタと出血するようだ。自分がそうならとても怖いよね。 この方IBDでサラゾピリン系が長くいっているとのこと。クローン病なら瘻孔とか心配するがUCだからな。止血剤を出して明日の泌尿器へ。

(3)44歳の女性の気胸。しかも右だ。「あなたそれ子宮内膜症かもしれないね」というと「なぜそんなことを知っているんですか?」と返事があった。実は気胸は再発のようであり自分の気胸が内膜症であるかもと強く疑っていたのだとか。わざわざ多摩気胸センターに行ったことまであるらしい。やはり女性の気胸の影には内膜症があるんだろうね。


そんな、こんなで朝から夕方まであっと言う間だった。めちゃくちゃ忙しかったが、なぜか充実していた。 

たまに日直をするのも悪くない。



2017年7月19日水曜日

抗血栓療法と外科処置

最近では抗血栓療法も進化し、NOAC→DOACやDAPT (複数使うことdualである)などなど用語も複雑である。新薬も多い。合剤も多い。中断休薬せずに現在では治療に突っ込むことも厭わなくなった??ーーーというわけでもいないが、中断休薬中の血栓塞栓イベントをどう考えるかはあいかわらわず難しい。


抗血栓療法下の外科的処置のポイント

(1)医師(循環器・脳血管内科)が「抗血栓薬を休薬すべきでない」と考える症例を把握
(2)心房細動患者の脳梗塞リスク評価に用いるCHADs2スコアを参考

(1)については・・・
     (a)機械人工弁置換患者
     (b)心房細動で弁膜症、糖尿病、高血圧の合併症のある患者
     (c)心原性脳塞栓症
     (d)冠動脈ステント留置直後
     (e)抗リン脂質抗体症候群
     (f)深部静脈血栓症・肺塞栓
         ――の既往がある患者には「必ず主治医の相談が必要」

(2)CHADs2の危険因子の点数(0-6点)が高いほど、脳梗塞リスクが高まること
   “s2”は脳梗塞(Stroke)、一過性脳虚血発作の既往があれば即2点がつくこと、
   2点以上は抗凝固療法の適応となること、などを押さえておくべきと指摘した。






2017年4月27日木曜日

日本版modified Rankin Scale(mRS)脳梗塞 判定基準書

日本版modified Rankin ScalemRS脳梗塞 判定基準書

0 まったく症候がない
自覚症状および他覚徴候がともにない状態である
1 症候はあっても明らかな障害はない
日常の勤めや活動は行える
自覚症状および他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である
2 軽度の障害
発症以前の活動がすべて行えるわけではないが、自分の身の回りのことは介助なしに行える
発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である
3 中等度の障害
何らかの介助を必要とするが、歩行は介助なしに行える
買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である
4 中等度から重度の障害
歩行や身体的要求には介助が必要である通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である
5 重度の障害
寝たきり、失禁状態、常に介護と見守りを必要とする
常に誰かの介助を必要とする状態である
6 死亡


2017年4月21日金曜日

シイタケ皮膚炎

体幹前面・上肢および背部の手の届く範囲(上背部と腰部)に限局して特徴的な線状紅斑がみられる。 
Scratch dermatitis、Flagellate dermatitis、Flagellate erythemaと呼ばれ、この所見をみたら・・・

  1. 皮膚筋炎
  2. 成人Still病
  3. シイタケ皮膚炎
  4. サイトメガロウイルス感染症
  5. ブレオマイシン/ペプレオマイシン による薬疹

の5疾患を念頭に置く。

M3クイズ(引用)

竹田綜合病院 皮膚科科長/福島県立医科大学 臨床教授
岸本 和裕先生出題

2017年2月8日水曜日

脳動脈瘤の破裂率

脳動脈瘤が見つかったらどのように考えるか?

破裂リスクと治療リスクの両天秤である。これほど他領域医師が悩まされるテーマはないだろう。脳外科の意見、脳血管内科の意見、一般内科の意見幅広く聞いてみたい。

まずは日本脳ドック学会が出している2014年のガイドラインを抜粋してみる。




・・・・米の61施設で行われた国際未破裂脳動脈瘤研究(ISUIA)では2003年に前向き(prospective)データの報告がなされている34).破裂率に関して前向き経過観察(1,692症例,2,686瘤・平均4.1年,6,544人・年)では,くも膜下出血の既往のない7 mm以下の未破裂脳動脈瘤のうち,内頚動脈―後交通動脈瘤を除くWillis輪前方の動脈瘤はほとんど破裂しないことが示された.後方の動脈瘤では年間0.5%であった.サイズがより大きな脳動脈瘤では7ー12 mmでは前方の動脈瘤は年間0.5%,後方は年間2.9%,13-24 mmでは前方年間2.9%,後方は年間3.7%,25 mm以上では前方年間8%,後方年間10%であった.5年間死亡率は12.7%で破裂を認めた51例中33例(65%)が死亡した.・・

  • 前方循環系
     内頚動脈(中枢側から海綿状脈動部、眼動脈分岐部、床上部、後交通動脈分岐部、前脈絡叢動脈分岐部、先端部)
     前大脳動脈(前交通動脈近傍、末梢部)
     中大脳動脈(分岐部、末梢部)
  • 後方循環系
     椎骨動脈(後下小脳動脈分岐部など)
     脳底動脈(本幹、上小脳動脈分岐部、先端部、前下小脳動脈)
・・・・Sonobeらは5 mm未満の小型未破裂脳動脈瘤を治療介入せず全例(374例・448病変)前向きに観察SUAVe研究を行った 40).1,306人・年の経過観察で7人に破裂(0.54%/年 95% CI: 0.2-3%), 25症例30病変(6.7%)に2 mm以上の拡大が認められた.破裂に関与する因子として多発性,高血圧,4 mm以上のサイズ,50歳未満の年齢が有意に破裂率が高かった.また拡大に関しては4 mm以上のサイズ,女性,多発,喫煙者が有意に高かった.本研究は治療介入の加わらないバ イアスの少ない研究として極めて重要である.・・・・





脳神経外科がまとめた報告も詳細だ。 


5,720例6,697個の瘤の11,660動脈瘤・年の観察経過をまとめた.瘤毎に破裂危険因子の解析を行っている.破裂は111個に発生し年間破裂率は0.95%であった.破裂関与する因子は大きさ[5 mm未満に対しての多変量ハザード比(HR)5-6 mm: 1.13,7-9 mm: 3.35, 10-24 mm: 9.09, 25 mm~:76.26]
 














 よく言われる「非破裂脳動脈瘤の破裂頻度1%というのはこのデータが裏付ける。

さて治療介入をどうするかは悩ましい。あまり積極的には勧められないというのが従来の小生の考えであったがどうするか。今回ガイドラインを調べてみて、積極的な治療に考えを変えたいとは、まだ思わないな。

2017年1月21日土曜日

かろやかなオバアさんたちとその時代の終焉

外来・入院で診ている患者さんたちも、年々歳々高齢化していく。ボクの働く病院は「人の出入りのあまり多くにない『ある地域』」を一手に引き受けているから、10年近くお付き合いのある方も多いのだ。その中で去年はかなりの方が亡くなった。これから数年は加速度的にそんな方々が増えていくことだろう。

そんななか元気のいい素敵なお年寄りも少なくない。大腸癌の術前一週間前に「せんせ、これあげるから私の代わりに行ってきて。手術なんて思ってもいなかったから予定くるっちゃったわ」といって歌舞伎のチケットをボクに渡したおばあさんは、すでに術後2年たつが元気でゴルフ、歌舞伎、麻雀と忙しそうだ。このヒトは東北の大震災で仙台の住まいがなくなり、当地に居住を移したヒトなんだけど、80越えてたった一人で新天地に移って、ちゃんとコミュニュティを作っているのだから素晴らしい。外来に来るたびに「ねえ、歌舞伎行こうよ、チケット手に入れるからさ」と誘われる。彼女がくれた歌舞伎公演には出かけましたよ。ボクにとって初めての歌舞伎体験でした。「のれん」をお土産にあげたが、周術期に枕元に飾ってあったのがほほえましい。

96歳のA先生は、とある女子大の学長を長い間勤めた方だ。彼女の日本語は素敵だ。かつての日本の標準語だった言葉を平成の29年になってもしゃべる。言葉もきれいだが、発音はもっと素敵だ。去年の暮には転んで頭頂部を傷つけ出血がひどかったのでステープラーで縫着して差し上げた。今は病院の近くの老人施設に入居中である。立ち居振る舞いがとにかくエレガントである。認知症のかけらもないこの方の記憶力は尋常ではない。それは昭和13年、あれは昭和45年前後と特に年代の記憶が羨ましい限りだ。この年になっても地元のご意見番であり選挙の前なんかになるとテレビ局はこの老人施設に取材に行くのだ。時々テレビでお見かけする。そんなひとだ。

94歳のBさんも闊達だ。90、92、94、96歳の4姉妹のリーダー格である。 92歳の妹さんが入退院を繰り返しているのでよく病院で見かけるが、会うと必ず遠くからでもおおきな声で話しかけてくる。敬虔なクリスチャンであり、背筋が伸びてかっこいい。趣味はコーラスである。歌っている曲がすごいのでとても良く覚えている。昨年のクリスマスシーズンに外来で出会ったので「『マタイ受難曲』練習してるんでしょう、今年も?」というと「あらせんせ、よく覚えててくれたわね。せんせもマタイやらない?」と返ってきた。

コーラスついでに歌曲の話題を一つ。

昨年ある方から教えてもらったのがリヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」という歌曲である。たまたま探したyoutubeがこのルチア・ポップというオペラ歌手でした。シカゴ響でショルティだったし、画像も音も良いのでこの映像をupするが、この曲昨年何度聴いたことだろう。




クラシック好きの中には二種類あって器楽曲もオペラも好きな人たちがいる一方で、オペラを含む「歌」が苦手な一群というのがあるのだ。ボクは昔から後者であり、オペラやシューベルトの歌曲等々が苦手だった。

そんなボクではあるが最近では歌曲にも抵抗がない。「4つの最後の歌」にすっかりハマってしまった。この歌曲を聴くとある光景が思い浮かぶ。夕暮れ前、もうすぐたそがれの陽の光のなかにいる自分である。

4つの歌は
  1. 「春」 Frühling7月20日
  2. 「九月」 September9月20日
  3. 「眠りにつくとき」 Beim Schlafengehen8月4日
  4. 「夕映えの中で」 Im Abendrot5月6日
という。ヘルマン・ヘッセ等の詩につけられた歌曲である。

20分程度の歌曲ですが、これをお読みの皆様の心を打つと思います。 とても美しい曲です。

☆☆☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆

本日トランプ大統領が就任しなにか気味の悪い時代を迎える覚悟をしなくてはいけない。
トランプ以前のあの時代が終わった、まさに終わらんとする黄昏時にふさわしい曲かもしれませんね。