2022年6月4日土曜日

NEJMより:進行膵がんへの遺伝子改変T細胞免疫療法

最近 e-journalへのアクセスが容易になったためか、いろんな雑誌をザッピングしている。今朝はNEJMを見ていたが、その中に異例の「症例報告」が掲載されていた。







こんな感じである。ネオアンチゲンとTCR改変リンパ球による進行膵癌治療であるが、「ありふれた」「一見よくあるタイプ」の報告である。でも画面が「読め!」と迫ってくる。なぜか「読まないといけない」と迫ってくる。

で、読みました。こんな論文を読むのは実は10年以上ぶりである。変異RASの二ヶ所をターゲットにした HLA拘束性の T-cellが主役となる。

患者は68才で4.5cmの膵頭部がんを発症。 FORFILINOX治療と膵頭十二指腸切除を受け、リンパ節は2 / 21が転移陽性。病理は低分化膵癌であった。術後4回FORFILINOXおよび放射線治療50.4Gy(+カペシタビン)を受けた。術後一年で肺に5個の転移。その後両肺転移となったが、一方腹部に再発所見なく、更にはこの間無症状であった。

二年後彼女はピッツバーグ大学でTIL免疫治療(本人の腫瘍浸潤リンパ球を採取し、体外で加工し、再度体内に投与)に参加するも、効果なし。2021年術後3年目にNCIに治療拠点を移し、HLA拘束性の T-cell治療を受けることになる。

彼女の膵癌の分子プロフィルは
  1. PD-L tumor proportion score of less than 1%
  2. KRAS c.35G→A (p.G12D)
  3. a c.451C→T (p.P151S) variant in TP53
  4. a c.172C→T (p.R58*) variant in CDKN2A
  5. ROS1 c6214C→T (p.R2072W
  6. a microsatellite-stable tumor
  7. a tumor mutational burden of 8.9 mutations per megabase
  8. no detectable copy-number variations or gene fusions. 
そして末梢血のリンパ球タイプがHLA-C*08:02.であった。

方法論は15年くらい前と変わらないが、そのプロトコール・登場人物が多彩である。(小生がこの10年を知らないだけです。勉強不足なのです。)

治療前の外来で採血され分離されたリンパ球に対しvitroで遺伝子導入を行い、細胞を10の9乗レベルに増やしておく。

さて治療一週間前に入院した彼女は術前検査を受けるが、CTでは16個の肺転移を認めた。このうち右の15mm左の17mmの二個がRECIST評価の治療効果ターゲットとなる。6日前に前治療としてIL6とシクロフォスファミド治療を受ける。

当日14.8 x 10e9細胞(総量199ml)を33分かけて点滴された。

術後1〜3日はIL2を追加投与され、術後11日に自宅退院となった。

効果は6ヶ月後でRECIST評価(OPR76%:上記CT参照)

興味深いのは単回治療(退院後は無治療)にもかかわらず、6ヶ月後末梢血T細胞のうち、2%が遺伝子改変T細胞であるということ。しっかり宿主の造血システムに乗っかているようだ。


素晴らしい!の一言である。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

途中で気がついたのだが、この治療研究を指導しているのはなんとSA. Rosenberg博士だった。まだ現役なんだ。小生がIL-2の臨床研究を行っていた1990年台からRosenbergはこの世界の主導者だったけど、いまだ最前線という事実に驚いた。彼がNCIの外科主任になったのは


1974年なのだ。この履歴(本日のNCIのもの)では「それ以来、本日までそのポジションにある」と記述されているから、50年近くになるということだ。アメリカには、何人かこのような立派な研究者がいるが、まったく素晴らしい。しかし、小生にこの論文を読めと迫ってきた「なにか」が恐ろしい。本当に遺伝子改変リンパ球の論文なんか10年以上読んだことないのに(まあ、この領域には一種の諦めがあったから・・というのが本当のところである。)

僕は20年前この領域を研究していた昔の同僚(今はおそらく研究者としては引退している)たちに、この論文を配ってみたい。中身については「免疫もちょっとは有効かもしれないね」という反応がほとんどだろう。かつて本職だったヒトほど、臨床免疫が絶望的だった時代に傷ついている。しかし、かのRosenberg先生が、これほどまだ頑張っていることを知れば感激することだろう。配って、感想が聞きたいな。