昨日入院させた52歳の女性の病態は不思議だ。昨日まで病院らしい病院にかかったことがないという。昨日の当院外来が初診だ。主訴は「嘔気とめまいと歩行困難」というものだ。理学所見で目立つのは触診ではっきりとわかる肝脾腫である。肝腫が10cmくらい脾腫も相当なものだ。
「食べると吐く」という症状は実は8月以来なのだそうだ。GFをしたが所見はない。潰瘍・腫瘍あるいは食道静脈瘤はないということだ。 Hbが7.4g/dlとかなりの貧血があるが、上部消化管ではなさそうだ(CFももちろんやりますが)。やや大球性のようであるから出血ではないのか。血液の他の2系統は正常である。いずれにしても、立てない歩けない、食べられない、貧血は高度ということで消化器外科として小生のもとに入院したが、なんだか奇妙だ。
肝脾腫であるがウイルス性肝炎はない。肝機能は正常とはいえないが、機能異常といえるほどではない。凝固系は正常だし、逸脱酵素も若干の乱れだけだ。PIVKAが若干髙値であるが、どれくらいの意味があるのか疑問だ。CT・エコーを撮ったが、腹腔内で異常があるのは肝脾腫だけのようだ。
それよりも歩行困難である。歩行困難というのは一週間前からだ。ベッドの上で両下肢を挙上させることはなんとかできるのだ。しかし歩行しようとすると、膝を支えきれない。今朝はベッドサイドのポー
タブルトイレへの移動時に転倒している。おまけに両手の遠位部のしびれも訴える。遠位端障害が主体の多発性神経障害のようである。まるでギラン・バレーだ。
昨日の今日であまりに唐突であるが調べると「クロウ・フカセ症候群」という病態があるのだな。Crow‐Fukase症候群、欧米ではPOEMS症候群と呼ばれることが多い。
POEMSとは、多発性神経炎(polyneuropathy)、臓器腫大(organomegaly)、内分泌異常(endocrinopathy)、
M蛋白(M‐protein)、皮膚症状(skin changes)の頭文字を表している。
唐突ではあるが、当該患者がこの病気の範疇に入らなければよいがと思っている。否定するにはどうすれば良いか。
どうやら血清VEGF値が 重要のようだ。が、この検査は自費なのだな。保険がきかない。一検体1万円くらいかかるらしい。とにかく初期の血清保存は重要だな。専用容器は早速取り寄せた。
新潟大学脳研究所神経内科・下畑先生のブログから以下の知見を全面的にノートさせて頂きました。忘れるといけないので。
POEMS症候群におけるVEGF(血管内皮細胞由来増殖因子)の上昇については
本ブログでも過去に取り上げたことがあるが,診断および病態において重要と考えられる.しかしながらPOEMS症候群以外の,他の末梢神経疾患においては血清VEGFの測定はほとんど行われてなく,VEGF上昇がPOEMS症候群において特異的な所見であるのかどうかについては不明である.
今回,イタリアより種々の末梢神経疾患患者(計161名)に対し血清VEGFを測定した研究が報告された.結果は以下の通りであった.
POEMS症候群(n=6)6448 pg/ml(平均値)
CIDP(n=33)668 pg/ml
GBS(n=13)1017 pg/ml
IgM monoclonal gammopathyに伴う末梢神経障害(n=19)738 pg/ml
multifocal motor neuropathy(n=13)448 pg/ml
ALS(n=28)485 pg/ml
Other PN(n=49)450 pg/ml
正常コントロール(n=22)262 pg/ml
正常コントロールの平均値+3SDを閾値としたところ,CIDP,GBS,IgM monoclonal gammopathyの一部の症例は,この閾値を上回った(異常高値を示した).
この結果より,免疫学的機序が関わる末梢神経疾患(ただしmultifocal motor
neuropathyを除く)では,VEGFが中等度上昇する症例が存在することが明らかになり,血清VEGFの上昇は必ずしもPOEMS症候群に特異的
な所見ではないということが明らかになった.ただし,VEGF上昇を認めた末梢神経疾患におけるVEGFの由来や,病態にどのような影響を及ぼしているの
か意義については不明で,GBSやCIDPといった疾患の一部の症例では血管内皮障害を介して症状に影響がある可能性も考えられる.今後,さらなる検討が
必要と言えよう。
Neurology 72:1024-1026, 2009