若い頃は忙しくて学会にまともに参加できる時間などないので、自分の発表する日の朝出かけ、発表が済むと、直ぐに帰ることが多かった。頑張ってもせいぜい一泊二日であった。自分の関連領域しか興味がなく、学会なんて面白くもなんともなかった時代が長かっただけに、この年で学会に目覚めるというのは実に意外である。
面白くなった理由の一つは、逆説的ではあるが「学会が真面目になった」からであろう。あるいは治療が進歩していると実感できるようになったからであろう。あるいは本当の意味で学際がワークしだしているからであろう。
もちろん研究費を初めとして獲得資金がますます逼迫しているはずの外科学会当局がこのような学会を毎年開催していくというのは、本当に大変だろうと思う。そのためか全般的に今年の学会は地味であったが、演目、フォーラム、特別講演は私にとっては非常に時宜にかなった有益なものであった。勉強になった。感謝したいと思う。自分がいつも関係している消化器・乳腺についてはあまり斬新なことはなさそうであったので、そんなセッションには参加していない。
ことし面白かったのは血管と救急であった。
血管の覚書
- 局麻で胸部大動脈瘤の治療をする時代になった。慈恵の大木先生は年間500例前後のステント手術を日本に戻ってきてこの10年くらいやっているが、彼のセッションで今年2015年4月のオペスケジュールというのが紹介されていた。先週の月曜日の予定であるが、朝9時半に始まりほぼ7時間で胸部・腹部大動脈瘤のステント手術を6件もこなしている。夕方4時半には6例目が終了している。これは驚異的である。こんなことが出来るようになったのも、ステント材料の進歩(細径になっていく)と局所麻酔で済ませられる症例が増えているからだろう。
- ステント材料についてはこれを開発していく過程で、日米(あるいは日欧)の承認時間差の大きな問題が現在克服され始めているとのことだ。彼を初めとして日本人が開発の中心に立ち、治験症例のかなりの数を日本国内でこなすことで、今年あたりから出てくる器材ではものによっては、欧米よりも国内で先に認可される製品もでてくるだろうとのことであった。手術材料が国内メーカーから得られる時代も夢ではなさそうである。
- こまかな技術的なことを言えば、最近のステントの特徴は、サイズの多様化、頚が振れるようになっているもの、チムニー(煙突),シュノーケルなどがトピックのようだ。チムニーといわれるステントを細径動脈(腎動脈、頸動脈や腕頭動脈)に先に入れておき、次いで大口径のステントで瘤や解離をバイパスするという方法であり、上行大動脈や弓部大動脈瘤への治療手段である。
- double chimneyやsnorkelに加えEVARやTEVARなどの(一見)専門ジャーゴンオンパレードの分野であるが、実はフォローするのはたいしたことではない。double chimneyはストローが二本だし、シュノーケルは大きなステントからシュノーケル様に二本の管が飛び出しており、例えばこれを腎動脈に挿入するわけだ。EVARやTEVARはそれぞれEndovascular aortic repairとThoratic endovascular aortic repairのことでこの手の治療の総称である。
- これくらい知っておればあとは「大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン2011年度版 」を参考にすれば、この世界の現状・概要はつかめるのだ。
- 小生のような病院にいても、年間何人かは大血管の緊急症を診る。最善はステントの上手なドクターのいる病院へ最短時間で送り込むことである。実際どの病院がアクティブなのか。これを知るにはゴア社のMRに尋ねるのが一番かもしれない。 いろんなサイズのステントを常備して、緊急に対応出来ている病院は日本全国でたった4病院なんですって、現状。
- 救急医療の中でも外科の関係が深い領域はACSと呼ばれる。Acute Care Surgeryの略である。今から10年くらい前に米国で話題となったのは「助かったはずなのに結果的に死亡した外傷患者」の存在である。
- これをPTDという。Preventable Traumatic Deathの略である。
- この方々をを何とかしたい。病院に来るまでに亡くなる患者、なんとか到着したがそのうち亡くなってしまう患者。
- 当時は無視できない数の患者が亡くなっていたのである。そこでACSというシステムが立ち上がった。
- 具体的に外科と救急が融合した新領域であり、3つの要素からなる
- ●外傷外科 trauma surgery
- ●急性腹症などを含む救急外科 emergency surgery
- ●集中治療管理 surgical critical care
- 今回の学会ではこのACSについて大きな分科会が3つほどあったようだ。その二つに参加した。勉強出来たかと言えばじつは怪しい。期待したほどではなかったというのが正直な感想である。ただACSのかかえている問題点は痛いほど実感された。ACSをなんとか上手に育てて欲しいというのが偽らざるところであるが、これは相当困難な課題であるなと思った。
- 対象症例数の問題:まず外傷外科の大きな対象である交通外傷がこの10年減っていることは大きい。大都市近郊の救命センターで複合外傷で手術になるケースは年間を通してもそう多くはない。四肢の開放骨折と肝破裂に骨盤損傷(マルゲーヌ骨折のような・・)が加わったようなケースであるが、都会の大きなセンターでも、それほど多い訳ではない。対象症例が多くないのに人的リソースは充実させておかなければいけないのがきびしいようだ。若手外科医がバリバリ手術できる環境となればいいのだが、必ずしもそうでないようだ。
- システムの問題:救急は昔からあるし、救急外科も昔からあるが、それを統合してACSという実態を構築するのはなかなか大変なようである。まず救急は昔から麻酔科ベースであり、外科は一般外科が古くから関わっているが、この二つ決して仲がよろしかったとはいえないこと。救急車から直接搬送できる手術室を持つセンター。CTも撮らずにいきなり開腹するシステムをメインに打ち出すセンターと従来通りに診断をある程度きちんとつけて、開腹に望むべきだとする施設がディベイトするわけだが、議論をきいているうちその両者の置かれている環境がかなり違うことを意識せざろう得なかった。
- それぞれの救命センターの立ち位置によってACSの課題は大きく変わる。大都市ないしは大都市近郊の救命センターと地方の救命センターさらには大学付属の救命センターと自立型の(市町村立)救命センターでは対象症例も医師の心構えもかなり異なるように見えた。これを総合的に論ずることはかなり困難であろう。つまりはこうだ。助けを求めればいくらでも専門外科医がいる大学病院所属の外科医と自分が最後の砦であることを常に意識している地方救命センターの外科医の違い。あるいはイベント発症からどれくらいの時間で患者が運び込まれてくる施設なのかも問題である。つまり本来の意味でPTDが現れるセンターとPTDは篩にかけられていて、そのセンターに到達する前に亡くなっているようなセンター。お前のセンターにはPTDは実は来てないんじゃないの・・・と言いたくなるセンターがありそうなのだ。
- 小さくない課題の一つは外科医の専門性である。各界を代表する救急外科医に意見を聞いたところ、高度に専門的な医師を揃えろという意見と、そこそこで良いという意見で分かれた。これも立ち位置によって求められる医師像は変わる。さらには今はいろんなタイプの外科医がいるからよいだろうが、今後はそんなことはいっていられなくなりそうだ。第一この腹腔鏡全盛の時代に、戦陣医学的なbig incisionタイプの外科医をどのように育てたら良いのだ?それとも麻酔科・救急医療出身の医師が開腹手術をやるような時代がくるのであろうか?(ありえないって??、本当にそうだろうか?)
- まとまりのない覚書であるがAcute Care Surgeryをなんとか上手にシステム化することは大きな課題だと感じた次第である。
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