いつも書くことであるが、研究者として現役の頃よりよほど真面目に学会に出るようになった。もちろん学会に出席できる回数が極端に減ったことが大きく、一回の学会で出来るだけたくさんのことを知りたいからだ。3日間朝から夕方までほとんどどこかの会場にいた。昼はランチョン・セミナーを聴いた。自分がこの年齢でこれだけ真面目になれることが信じられない思いだ。driving forceは未知のものへの好奇心である。流行りの言葉で言うと「知の地平の拡大」とでもいおうか。とにかく面白かった。これに尽きる。
今回は名古屋であり74回の癌学会である。初めて参加したのが43回なのでもう30年以上になる。
学会に参加すると勉強になる。今回はできるだけ多くがんゲノムシークエンスの発表を聞こうと頑張ってみた。発表の中には聞かなきゃ良かったと思うものも多かったが、ためになるものも多かった。ためになる発表の多くは大学発の発表であった。一方諸がんセンターから発表された研究は???であるというのが小生の印象である。このセンターというのは複数の施設である。相当な研究費を使っているだろうに、世界と戦っていないのが情けない。あるいは目的がよく見えない。なかにはあまりに未熟なデータで恥ずかしくないのかという発表もあった。全部ではもちろんない。でも発表前にセンター内部で「恥ずかしいから止めておけ」という声が出なかったのか・・・そんな発表につきあわせられたのでたまらなかった。 5年後で良いから、きちっと落とし前をつけてほしい。小生は今回発表した発表者(発表施設)の今後5年の経過をきちっとフォローしていくつもりだ。いい加減なレベルで終わらせるわけにはいかない。
小生が今回の学会で面白かった話題は一細胞シークエンスである。ようやく話ができるレベルになってきているのがわかった。初日のランチョンセミナーでは近畿の西尾先生からcfDNAシークエンスの現状を聴いた。次いで午後のセッションで10数題のゲノムシークエンスの話を聞いたがあまりのデータの多さに15分程度の時間ではとてもその全貌をつかむことは難しいと感じた。そのような中で札幌医大病理の鳥越教授から子宮内膜癌が肉腫様変化を示す症例における一細胞シークエンス解析があったがこれはとても面白かった。病理はこんな素晴らしく面白いデータを、形態情報に戻す努力を(困難であっても)しなくてはいけない。それが21世紀の病理学だと思うのだ。
たくさんの報告を聞いてこの手のシークエンス情報発表の弱点だとは思ったことは、実験手技・精度がどれくらい担保されているのが今ひとつわからないことである。多くの発表でシークエンス深度が数百から1000を超えると発言していたが、小生にはこんな深度を必要とする研究が果たして信用できるのだろうかと逆に思ってしまうのだ。木を見て森を見ていないのではないだろうか?それとも深度を深めなくてはいけない、よほどの理由があるのだろうか?
sequence depthといえば、ほんの数年前までエクソームで30回〜、ゲノムでせいぜい100回というのが相場ではなかったのではないか?
融合遺伝子についても現状がつかめてありがたかった。大規模シークエンスをやっても消化器癌ではやはりまれな変異であることが確認できた。rucurrentな融合イベントは少ない。更に多くは肉腫・白血病である。よほど特異的な抗癌剤(ALKomaのような)が出現したら、再度その遺伝子に限って融合イベントを徹底的に調べることは必要だろうが、今後包括的検索が必要であるとは思えなくなったのが小生の認識である。そろそろオシマイで良いかもしれない。
最終日のランチョンセミナーで東大の秋光先生が話した「トランスクリプトームデータの再解釈」はなかなか示唆に富むお話であった。miRNAやlong non-coding RNAの話に加えて3' UTRの長さのheterogeneityの話がなかなか面白かった。癌でpoly A tailの長さが異なる(したがって安定性に欠ける)mRNAが作られているという内容であった。
この他北大腫瘍病理の津田さんが発表した「再発膠芽腫の獲得変異の同定」という発表も面白かった。治療後の再発腫瘍のゲノム解析であるが、この中にmutually exclusiveという再発腫瘍が含まれていたので驚いた。初発腫瘍にあるドライバー変異を一つも持たない再発腫瘍というのである。これには本当に驚いた。癌ゲノムの時系列・進化学も幅が広い。癌腫によってかなり様相が異なるようなのだ。癌ゲノムの時系列・進化学は今後ますます大事なフィールドになると思う。
最終日の午後に小生がぶっ飛んだのは「がんのシステム的理解を飛躍させる挑戦的課題」という東大ゲノムの宮野先生のコーナーであった。二人目ののスピーカー医科歯科の岡田さんの「ビッグデータと疾患ゲノム」が聞きたくて参入したのだが、最初のスピーカーLuonan Chenさんの話にぐいぐい引きこまれてしまった。病気の発症前診断の話であるが、Omicsでいえば発症後の特徴的変化と全くことなる変化が発症前に起こっているという話だ。この魅力的なテーゼを「マウスの肺障害と肺炎」「肝臓がんの発症」「インフルエンザの発症」「糖尿病」という4つの疾患に分けて語ってくれた。必ずしもわかりやすい英語ではなかったが、僕の周りでも食い入るように魅入られている聴衆が多かった。こんな聴衆をみるのは久しぶりだ。もちろん僕も一語も聞き漏らすまいと必死である。一人25分の枠だったのに40分くらい喋らせた宮野教授も偉かった。中国おそるべしである。あっぱれであった。
これは実に驚異的なテーマではないだろうか?今後の発展には注意深く見守っていこうと思った次第である。
というわけで最終日に飛行機の時間さえなければまだまだ聞いていたかった今年の癌学会であった。学会は面白い。テーマを探しに行ってもあまりろくなことはないが、意外な出会いがたまらない。Luonan Chenって一体何者なのだろう?ぶっ飛ぶわ、この人。
(追記)Luonan ChenさんのいうDNB(Dynamic Network Biomarkers)というのはこんなやつだ。
論文の一つはこれ。
2 件のコメント:
いつも楽しく先生のブログを拝見させて頂いてますが、初めてコメントさせて頂きます。
質疑応答の際に質問した大学院生の端くれですが、Luonan Chen先生の発表は僕もかなり衝撃を受けました。
あまり数学は得意ではないので、正直どのような理論でDynamical Network Biomarkersとやらを計算して、グラフに表現しているのか、今でも完全には理解できていません。
今後も先生のブログでもぜひフォローしていただき、先生の考えや考察をお聞かせいただけると幸いです。
坪田さん
早速のコメントありがとうございます。あの場を共有した方のコメント感謝申し上げます。free PDFが手に入りますのでご参考までにどうぞ。小生も数学はさっぱりですので、今後は「実務的にどうなのか」追いかけてみたいと思います。
あの興奮や衝撃が本物であり続けることを願いたいですね。
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