『羊と鋼の森』が映画化されたので本日見に行った。原作は本屋大賞を2016年にとったそうだ。数週間前の朝日新聞の映画評に紹介されていたのが気に止まった。見るヒトがみれば『羊と鋼』という言葉は直ちにピアノを連想させるのだという。それ以外はありえないのだとか。羊はハンマーのフェルトであり鋼は弦なのである。そんなものか。
調律師の物語であり映画そのものは佳作といってよいだろう。作りはきれいだしい映像も丁寧で美しい。
しかし人に勧めたくなる要素はない。主人公たちは調律師でありマニアック。恋愛ものとしては未成熟であるし、ビルデゥングドラマとしてもやや物足りない。
ただし音楽映画としては小生の琴線に触れた。異常に触れた。ちょっと凄かった。びっくりした。原作を読まないで良かった。ネットで調べなくてよかった。
この映画には6〜7曲のピアノ曲が登場する。主人公とピアノ姉妹が出会う場面での最初の曲はラヴェルの「水の戯れ」であった。流れる水のイメージ画像つきである。ラヴェル好きの小生としては「おぉ!」である。ついでショパンが数曲流れたあと、気障なジャズ・ピアニストが披露した曲がラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」であるが、これが実にジャズアレンジなのであるがなかなかイカしていた。「これがあのパヴァーヌですか?」と主人公の山崎賢人に言わせるのである。
そうなのだ。この日本映画には通常ありえない選曲でラヴェルが登場するのである。
極めつけはピアノ姉妹の妹が挑戦的に弾きたたく「クープランの墓」のトッカータである。びっくりした。日本の映画の劇中ピアノ曲にトッカータが登場して妹が弾いている!
映画の流れと関係なく「同音連打」を写しなさいと言いたくなった。
ありえない。「クープランの墓」もありえないが更に「トッカータ」はもっともありえない選曲だ。だって高校生あがりくらいの年齢で弾きこなせる曲ではないもの。
この曲等速144が指定された16分音符の同音連打が最初から最後までまとわりつく難曲であり大抵のピアニストは指がツルか指がもつれるか指が空回りする。サンソン・フランソワあたりの指がもつれても一向に気にならない技巧派がようやく聴くに耐える演奏を残している。
映画では誰が弾いていたんだろう。他の多くの曲は辻井伸行が弾いたと推測されるが(映画のサウンドトラックが販売されているし、監督が劇中曲を選ぶのに辻井伸行のラヴェルを参考にしたとの記録がある)不思議なことに映画には登場するこの「クープランの墓」のトッカータであるがサウンドトラックでは採択されていない。地味に無視されているのが小生には辛い。実に残念である。
ラヴェル3曲だけでも小生は幸せであった。「クープランの墓」なら任せといてください。なんせ30セット以上持っている。トッカータも30セットあるということだ。
この他姉妹が実に楽しそうに連弾する「きらきら星変奏曲」がなかなか良い。なんでも編曲は世武裕子さんという方らしいが僕は好きだこの編曲。ここのHPを丹念に探すと一部聴くことが可能だ。
というわけで小生にとっては素晴らしい音楽映画だった。わくわくしました。