癌の教科書を探してみた。ないんだなぁ、これが。癌は余りに範囲が広く、知識が拡散しているので、総合的な書籍にしにくくなっているのであろう。羊土社の実験医学や秀潤社の細胞工学、それに医学のあゆみなどが、トレンドを追うのには相応しいのであろうが、一般の臨床医が読むには余りに難しすぎる。僕は外科系であり消化器が専門だから、胃ガンや大腸癌などはなんとかフォローできるが、白血病や脳腫瘍、前立腺癌などはお手上げである。分野が異なるとなかなか最先端のことを理解するのが難しいのだ。
医者であれば、その時代の最先端の事柄には触れておきたいではないか。しかし、今の日本の出版事情はその方向には行っていない。日本医師会の冊子や医事新報にしてもそう。難しすぎる。僕が総説を頼まれるときも、わかりやすくとは思うが、どうしても力が入ってしまうし、最先端のことは未確定のことも多いのだが、ここらのさじ加減が実に難しい。これをよその分野のヒトが読んだときどんな印象を持つだろうと、いつも思う。
そんなことを思いながら、ふと手にとった雑誌にピンとくる座談会記事が載っていた。医学のあゆみ08年5月31日号の「臨床ゲノム研究」の巻頭記事である。中村祐輔、鎌谷直之、油谷浩幸の三氏に、司会の笹月健彦先生である。とにかく面白くためになる記事であった。笹月、中村両氏は今の日本では多型研究の権威といっていい。中村さんの研究はVNTRに始まるし、笹月さんはHLAと疾患感受性で名をはせた。鎌谷さんは臨床遺伝学の数理統計の専門家であるし、油谷さんは大規模ゲノム研究では世界の最先端を走っている一人である。去年(2007)突然のように多型研究が大規模にデータを出し始めたわけだが、これは「ありふれた病気」に対する遺伝学的挑戦の最初の成果でもある。このような研究は長くゆっくり成果を待ちたいところであるが、ぜひ一般の臨床家にも読んでいただきたい論考であり、あるいは政策決定者にも伝わって欲しい内容である。
ご一読を!
0 件のコメント:
コメントを投稿