2013年6月21日金曜日

がんゲノム研究から学んだこと(3):Cell 誌 Eric Landerの総説


第3回目である。前半のIDH1・IDH2変異はもっと知られても良い変異遺伝子である。後半では小生の苦手なエピゲノムが総説される。

代謝関連遺伝子の発癌要因


ゲノムシークエンスによる研究からは驚くに値する研究など出てこないと疑っている方がいるなら、ちょっと待て! 

2008年のボーゲルシュタインの研究に目を留めてほしい。MPSの手法がまだまだ未熟だったころで、彼らは強引に力づくで20661個の遺伝子175471個のエクソンをPCRで増やしシークエンスしたのだ。彼らはIDH1遺伝子変異が高頻度に起こることを見つけたのであるが、この発見は本当に賞賛されるにふさわしい



IDH1はイソクエン酸脱水素酵素であり、細胞内代謝を司る酵素遺伝子であり、普通に考えればこれががん関連遺伝子であるとはとても思えないが、活性中心のアミノ酸が変異することで確かに癌化に関わるのである。続く研究によれば70%以上のグリオブラストーマ、オリゴオリゴデンドログリオーマ、髙悪性度アストロサイトーマ更には1530%の急性骨髄性白血病ではIDH1とそのミトコンドリア・パートナーであるIDH2に変異が認められることがわかった。イソクエン酸脱水素酵素はイソクエン酸をTCAサイクル中でアルファ・ケトグルタル酸AKG)に変換することは知られていたが、以上の研究で代謝が癌化と密に関連していることが示唆されたのである。更に突然変異は活性機能強化に繋がることがまもなく明らかとなった。突然変異を受けたイソクエン酸脱水素酵素はイソクエン酸を全く別の代謝物に変換する。すなわち2ヒドロキグルタル酸の鏡像異性体(R-enantiomer)である。



これらがどのように癌化を促すのか謎がしばらく続いたが、答えは全く意外な分野から現れた。ゲノムのメチル化研究からである。最近のメチル化研究によるとグリオブラストーマのあるタイプ(proneural subtaype) のメチル化パターンは大腸癌のメチレータータイプ(CIMP)とそのパターンが酷似していることがわかったのだ。CIMPIDH1遺伝子変異と強く関連していることはよく知られている。その後の研究でIDH1遺伝子変異を導入するとCIMPフェノタイプが生ずることが示された。これらのお話しには想定外がもう一つあり、これには急性骨髄性白血病(AML)が登場する。IDH1IDH2変異が相互排他的にTET2変異の不活化に関与するという事実である。IDH1IDH2変異はどちらも同様の効果をもたらすらしい。また変異は片方一つで充分なのであろう。TET2蛋白はアルファ・ケトグルタル酸依存性に5-メチルシトシンの水酸化を触媒しTET2欠落はCIMPフェノタイプをもたらすことになる。ヒドロキグルタル酸はいくつかのアルファ・ケトグルタル酸依存性酵素活性を阻害することが明らかになったがこれらには遺伝子発現に関与するjumonjiヒストン脱メチル化酵素やHIFhypoxia induced factor)を制御するEGLN1/2/3蛋白(癌化との関連も報告されている)が含まれる。IDH1IDH2変異が代謝を通して多くの発癌に関わっていることは驚きの発見である。ゲノムシークエンス以前は、全く知られることのなかったこの領域に、あらたな創薬ターゲットが次々に芽生えている。



細胞系統特異的転写因子



もうひとつ重要な発見は「マスター転写因子」である。そのような転写因子は典型的には細胞の最終分化段階を決めるので、もし過剰発現すると細胞の成熟化を促進するし細胞周期を止めることで癌化を抑制するであろうというのが大方の仮説であった。



ところが、ところがなんということでしょう。メラノサイトの分化因子でありその分化を決めるMITF転写因子は転移性のメラノーマでコピー数が増加していることがわかった。MITFのこの性格は全くこれまでの範疇には収まりがたく、これを細胞系統生存腫瘍遺伝子とでも名付けてみたい。



細胞系統生存腫瘍遺伝子にはこの他に肺癌におけるNKX2.1、食道癌におけるSOX2、大腸癌におけるCDX2が見つかっている。全くの後知恵であるが、これらの転写因子はアンドロゲンレセプターに酷似していると思われる。去睾術を行っても治療d抵抗性の前立腺癌を全ゲノムシークエンスした報告が最近出たが、アンドロゲンレセプターとその共役転写因子の突然変異が共に認められるのだそうだ。

後生的変化

もっとも広範囲に影響が及ぶ遺伝学発見の一つが発癌におけるエピゲノム変化の重要性であった。その後の仮説検証型の研究を促進することになり、関連薬剤の発見を促した。一般にDNAメチレーションやクロマチン構造の変化はがんに共通してみられる特徴だ。しかしこれらの変化が癌化の直接原因となるのか、あるいは癌化に伴う単なる関連事象なのかはいまだにはっきりしていない。この問題の解決に近づく成果がいくつか出ており、エピゲノム状態を制御する40個近くの遺伝子が多くの癌腫で高頻度に変異を来すことが知られてきた。エピゲノム制御遺伝子の変異は多くの下流遺伝子の状態を一挙に変化させることができるため癌化プロセスには効率の良い機構である。DNAメチレーションやクロマチン変化に関連するエピゲノムについて次の章では論じよう。


クロマチン:ヒストン修飾


クロマチン修飾の仕組みが壊れることで癌が発症することが知られてきた。ヒストンH3に修飾を加えたり、はずしたり、あるいは発現後修飾を加えたりする酵素遺伝子が癌ではしばしば突然変異を受けている。それらの酵素を列挙すると、ヒストン(リシン)メチル化酵素(KMTsという)やヒストン(リシン)脱メチル化酵素(KDMsという)は、ある特定のリシン残基への修飾を加速したり、あるいは抑制する。ヒストンアセチル化酵素(HATs)はヒストンH3テイルにアセチル基を付加し、ヒストン・リーダーは様々なヒストン修飾因子と結合し更に付加的な蛋白複合体を形成する。

ヒストン(リシン)メチル化酵素(KMTs)の中ではMLLサブファミリーと呼ばれる酵素群の変異はH3リシン4(これをH3K4と呼ぶ)に影響を与える。NSDサブファミリーはH3K36に、EZH2酵素はH3K27をメチル化するがこれらの変異も報告されている。

ヒストン(リシン)脱メチル化酵素(KDMs)の中ではH3K4を脱メチル化するJARID1A変異やH3K27を脱メチル化するUTX変異が知られる。

ヒストンアセチル化酵素(HATs)の中ではCREBP変異やEP300変異が知られている。

ヒストン修飾酵素遺伝子は細胞系列特異的な変異パターンをとることが知られている。例えばKMTs であるNSD1 NSD3遺伝子はこれまでのところAMLでのみ変異が知られている。またKDMsであるKDM5AAMLのみで、KDM5Cは腎細胞癌でのみ変異するとされる。もっとも、パターンが緩い例もあるのだ。MLLという遺伝子はその名前の由縁がmixed lineage leukemiaという白血病のあるタイプからきていることで知られているが、MLL遺伝子変異は広く白血病と固形癌(肺小細胞癌、肺扁平上皮癌、胃癌、頭頸部癌、前立腺癌)で認められることが知られている。KMTの一つであるDOR1L遺伝子はH3K79をメチル化するが、この遺伝子は変異こそ認めないが、ある種の白血病で転座を示すことが知られている。

ヒストンアセチル化酵素(HATs)変異はB細胞リンパ腫、肺小細胞癌、髄芽腫で報告されている。

以上のような細胞系列特異的パターンが認められるということは、特定の細胞系列が発癌するには、その細胞系列に重要な遺伝子群にまとめて影響を与えるある標的遺伝子発現パターンをまとめて消すことが重要であることを示唆する。

しかしその重要な標的遺伝子が何かはいまだに知られていないし、系統的にターゲットを浮かび上がらせる実験的手段も知られていない。

このパターンで発癌する腫瘍ではクロマチン修飾酵素機能喪失アリルは片側喪失が多い。このことはこのクロマチン修飾酵素群による発癌がhaploinsufficientであることを示唆しているし、両アリルともに機能喪失すると細胞致死となるのであろう。(haploinsufficientあるいはhaploinsufficiencyには「ハプロ不全」という訳語があるが、これは意味不明でしょう。日本語化するのは難儀であるので、このまま使用します)(細胞系列特異的とはいうものの、一つだけ例外がありそれはEZH2遺伝子である。濾胞性リンパ腫では機能獲得性変異を示し、骨髄性白血病では機能喪失性の変異となる)

以上の事実はクロマチン修飾酵素群が格好の分子標的になることを示唆する。片側変異は抑制薬剤に感受性が高いことが知られるからである。精力的に薬剤探索が進められているが、現在のところ臨床応用されているのはHDAC(ヒストン脱アセチル化薬)だけである。この薬剤の使用が認可されているのは骨髄異型性症候群と皮膚T細胞リンパ腫だけなのだが、このいずれもがHDAC遺伝子の変異を認めないのは皮肉なことである。


以上で7ページ終了したが、まだ半分である。折り返しはもうすぐだ。

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