さて今回大事なのは、メラノーマのTERTプロモーター突然変異であろう。70%変異があるというのだ。
暗黒物質の検索も始まったばかりである。これからこの暗黒大陸を探索するリビングストンのような気持ちで報告を待ちたい。
点と点をつなぐこと:癌遺伝子から癌化にいたるまで
ハナハンとワインバーグはこれまで「癌を特徴づけるプロセス」なるものを提唱してきたが、このプロセスとは癌化と転移の過程で必ず異常をきたすものである。ゲノムの安定性、制限のない細胞分裂、増殖シグナルの維持、成長が抑制されることから回避すること、細胞のエネルギー問題、そしてアポトーシスに抵抗することがこのプロセスには含まれる。
古典的な癌関連遺伝子の多くはそのような過程のいずれかに関与するが、たとえばチロシンキナーゼ受容体や細胞分裂サイクル抑制蛋白はそれぞれアクセルを踏み続けること、あるいはブレーキが壊れることといった比喩でその機能が直ちに理解できるのである。
一方新しく見つかった遺伝子の多くはより広いプロセスに影響をあたえているようであるが、癌との関係の詳細はいまだ不明である。これらの腫瘍関連遺伝子は遺伝子発現の変化(クロマチン構造やメチレーションの変化による)、RNAスプライス、蛋白合成と分解あるいは細胞内代謝の変化によって働き始める。このより大きなプロセスの変化は癌化に関連するいくつかの特異的なターゲットに影響を与えることで癌化を促進する。遺伝子を活性化したり抑制したり、mRNAのアイソフォームを変えたり。蛋白の発現レベルを増減させたりして、癌化を促進する。
中核となるターゲットは細胞によって異なるであろうが、これは癌腫それぞれに特徴的なドライバー遺伝子グループによって説明される。 多くの場合我々は真のターゲットについて全く何も知らない。あるいは一つのターゲットを探し求めているのか、複数のターゲットを求めているのかすら、わかっていない。大きなプロセスを変化させる突然変異は相互に依存するターゲットがまとめて影響をうけるという意味で、ひとつの有効な癌化機構となりうる。この事象は染色体が長腕・短腕レベルで増減するイベントによく似ている。染色体の変化も大きなプロセス変化を効率よく引き起こす。ターゲットを完全に調べ尽くすにはDNA、RNAそして蛋白のバイアスのかからないゲノム研究が求められるところである。もちろん実験系の研究も同時並行で必要だ。
新しく見つかった遺伝子群をよく知られた(中にはよくわかっていないものもあるが)癌化プロセスと関連づけることが、癌を理解し治療するために必要である。もちろん治療法の発展にそれらすべての理解が必要だとはいわない。たとえば、IDH1/2酵素に対する新しい抑制剤を開拓するのに、2HGあるいはSF3B1に影響を受ける酵素群を全て理解している必要などない ある腫瘍で変異している癌関連遺伝子のリストは強力な分類ツールとなる。更に臨床上ある種のサブタイプに特有の攻撃ポイントを見つけたり、予後予測に役立つ形質を見つけたりするのに役に立つであろう。
中核となるターゲットは細胞によって異なるであろうが、これは癌腫それぞれに特徴的なドライバー遺伝子グループによって説明される。 多くの場合我々は真のターゲットについて全く何も知らない。あるいは一つのターゲットを探し求めているのか、複数のターゲットを求めているのかすら、わかっていない。大きなプロセスを変化させる突然変異は相互に依存するターゲットがまとめて影響をうけるという意味で、ひとつの有効な癌化機構となりうる。この事象は染色体が長腕・短腕レベルで増減するイベントによく似ている。染色体の変化も大きなプロセス変化を効率よく引き起こす。ターゲットを完全に調べ尽くすにはDNA、RNAそして蛋白のバイアスのかからないゲノム研究が求められるところである。もちろん実験系の研究も同時並行で必要だ。
新しく見つかった遺伝子群をよく知られた(中にはよくわかっていないものもあるが)癌化プロセスと関連づけることが、癌を理解し治療するために必要である。もちろん治療法の発展にそれらすべての理解が必要だとはいわない。たとえば、IDH1/2酵素に対する新しい抑制剤を開拓するのに、2HGあるいはSF3B1に影響を受ける酵素群を全て理解している必要などない ある腫瘍で変異している癌関連遺伝子のリストは強力な分類ツールとなる。更に臨床上ある種のサブタイプに特有の攻撃ポイントを見つけたり、予後予測に役立つ形質を見つけたりするのに役に立つであろう。
さて、概説を締めくくろう:ロングテイルに暗黒物質. 多様性と遺伝性.
これまでのゲノム研究が明らかにしたことの一つは、我々がこれまでに得た癌遺伝子の一覧表が完璧にはほど遠いものであるということである。今問われるべきは「それでは、われわれは最終的に完璧に近いカタログを持つことが可能であろうか?」ということであるが、その答えは正直なところ「わからない」というものだ。
ロングテイル
多くの癌腫で数十の癌遺伝子が高頻度に変異しているが、それに加えて変異頻度の低い数多くの遺伝子群が存在する。最近の乳癌のゲノム研究では高率に変異する40カ所が報告され、そのうち53%のドライバー変異とコピー数変異は以下の6遺伝子に集中しており(TP53, PIK3CA, ERBB2,
FGFR1/ZNF703, GATA3)、残りは34遺伝子に分散していた。10%以上変異する遺伝子は8個である。多くの癌腫では変異を示す遺伝子は「ロングテイル」分布を示していた。ある癌腫で低頻度変異をしめす遺伝子が別の癌腫で頻度高い変異率を示すこともある。先の乳癌のロングテイル中に存在する遺伝子の例ではSWI/SNF,ARID1A, ARID1B, MLL2, MLL3, KRASがそのような遺伝子である。
以上のような観察から新規ドライバー遺伝子の発見がプラトーに近づいていると考える研究者もいる。逆の意見もあり、ドライバー遺伝子でありながらこれほどの低頻度でしか見つからないのなら、まだまだ未発見のドライバー遺伝子が数多くあるはずだというものである。さらにがんの中にはドライバー遺伝子変異を一つも呈さない例(前立腺癌の例が報告)があることも付け加えておこう。
この問題の根底には研究精度の未熟さがあるのである。これまでの研究が低頻度の変異を見つける為に必要なサンプルサイズでなかったこと、間質混入によるノイズを除くために必要なだけのシークエンス深度がなされていなかったことが原因である。どんな癌であっても少なくとも2%の症例で変異があるような遺伝子ならば、必要ながんー正常DNAペアさえあればあらゆるがん遺伝子変異を見いだすことは可能である。がんの突然変異が1Mbに1個のレベルであれば950個のがんー正常DNAペアが必要となるし、10Mbに1個のレベルであれば2500個ペアが必要となる。いずれにしてもここ数年の間に多くの癌腫で充分な精度をもったシークエンス研究は充分可能となろう。
暗黒物質
コード領域の突然変異とは対照的に、他のタイプのドライバー変異を発見し理解する我々の能力は極めて限られている。現状我々には解釈のできない領域に多くの重要なドライバー変異が潜んでいそうである。それはコピー数変異であり、染色体変異であり、さらにはノンコード領域のことである。既に述べたように、染色体全長にわたるゲノム増減は多くの癌腫で認められるが、染色体上のどの遺伝子が癌化に関連するのか絞り込んでいくのは極めて困難である。コピー変化が極めて局所的な狭い範囲での増減であったとしても、目的遺伝子を絞り込むのは至難である。様々な癌腫でコピー数変化を調べた研究によると、明らかなるがん遺伝子では半分の例で局所的なコピー数増加が知られている。局所的なコピー欠失はそんなに多く認められるものではない。臨床データがきちんとしたサンプルを用いた研究をもちいれば機能的な変化をももたらす変化を知る助けとなる。たとえば7番染色体を多く持つグリオブラストーマはHGF-MET遺伝子系列の異常と強く関連していることが知られている。薬理学的実験によると7番染色体を多く持ちHGF-MET遺伝子発現の強い培養細胞はより選択的にMETシグナルに依存していることが知られているのだ。
染色体変化は多くの癌腫で認められるが、その意義を理解することは極めて難しい。突然変異を知るレベルのシークエンス研究では、対象症例から短い配列をシークエンスし、コントロール(参照配列)と比較すれば結果がわかるのだが、染色体あるいはゲノムの組換え等のより複雑な事象を知ろうと思うと、より大きな基礎情報が必要となる。予想も出来ないようなゲノムの再構成をもっと多くデータ化する必要があるし、また融合遺伝子を知るためには、トランスクリプトーム解析も並行して行わなければならない。最近のコンピューター技術の進歩や参照配列を必ずしも必要としない解析ソフトウェアの開発のおかげで、この領域の進歩は著しい。
わかったこと:ほとんどのゲノム改変はパッセンジャー変異であること。しかし中には、活性を持った融合蛋白を介して、あるいは遺伝子に新たな制御機能を持たせることで積極的に癌化に関わるものもある。ゲノム研究が明らかにした融合遺伝子には前立腺癌を初めとするいくつかの癌腫で知られる、RAS、RAF、ERG、PTEN遺伝子を含んだ遺伝子融合である。乳癌ではNOTCH遺伝子融合が報告された。新規遺伝子の発見を示唆するようなゲノム改変イベントは比較的報告が少ないが、発見されたものを見ると、確かに新しい生物学的プロセスの存在を示唆するものがある。乳癌におけるMASTキナーゼであり大腸癌(〜10%)におけるR-spondinファミリーの変異である。
さてゲノム上で地図の全くない最前線といえば98%をしめる非蛋白コード領域である。 二つの原因で研究がすすまない。これまでの癌研究が(主にコストの問題で)蛋白コード領域に焦点が絞られていたことがその一つである。二つめの理由は遺伝子がない領域における変異を見出す分析手段がなかったことである。
この領域では癌と関連する変異であるかどうか、ある領域の変異率を詳細に実測し、これがバックグラウンドの変異率よりも高いかどうかを見ていかなければいかない。この手法は蛋白翻訳領域での検討ではよりわかりやすい。というのも非同義性の突然変異を見出していけばよいから。でもそれ以外の領域では、これが難しい。ある程度の範囲でバックグラウンドよりも変異率が高いかどうかを丹念に、しかもバイアスのかからない検索で明らかにしていかなければいけない、そして結果をつなげてゲノムレベルに組み上げる。検討範囲(ウインドウ幅)が小さいと、変異の検出率は下がるので、より多くのサンプル数が必要となる。一方、検討範囲を大きくすると周辺のランダムな変異に影響を受けて検出精度が下がるのである。
現在のところ最もよいアプローチは生物学的機能がある程度わかっている領域に検索を絞ることであろう。プロモーター部位や進化的に保存されている領域あるいはエピゲノム変異を受けやすい場所が対象となる。 メラノーマの制御部位解析では最近非コード領域での重要な変異を見出されている。TERT遺伝子のプロモーター領域に二カ所の高頻度突然変異部位があるというものだ。TERTはテロメラーゼ構成蛋白のひとつ逆転写酵素をコードすることで知られている。さてこの二つの突然変異ではシチジンからチミジンへの変異が誘導されるが、このためETS転写因子の新しい結合部位がTERTのプロモーターに生じることになるのだ。この変異はメラノーマの70%に、その他の癌腫(膀胱癌や肝臓癌)では16%に認められると報告された。
あと3ページで終了である。頑張ろう。
以上のような観察から新規ドライバー遺伝子の発見がプラトーに近づいていると考える研究者もいる。逆の意見もあり、ドライバー遺伝子でありながらこれほどの低頻度でしか見つからないのなら、まだまだ未発見のドライバー遺伝子が数多くあるはずだというものである。さらにがんの中にはドライバー遺伝子変異を一つも呈さない例(前立腺癌の例が報告)があることも付け加えておこう。
この問題の根底には研究精度の未熟さがあるのである。これまでの研究が低頻度の変異を見つける為に必要なサンプルサイズでなかったこと、間質混入によるノイズを除くために必要なだけのシークエンス深度がなされていなかったことが原因である。どんな癌であっても少なくとも2%の症例で変異があるような遺伝子ならば、必要ながんー正常DNAペアさえあればあらゆるがん遺伝子変異を見いだすことは可能である。がんの突然変異が1Mbに1個のレベルであれば950個のがんー正常DNAペアが必要となるし、10Mbに1個のレベルであれば2500個ペアが必要となる。いずれにしてもここ数年の間に多くの癌腫で充分な精度をもったシークエンス研究は充分可能となろう。
暗黒物質
コード領域の突然変異とは対照的に、他のタイプのドライバー変異を発見し理解する我々の能力は極めて限られている。現状我々には解釈のできない領域に多くの重要なドライバー変異が潜んでいそうである。それはコピー数変異であり、染色体変異であり、さらにはノンコード領域のことである。既に述べたように、染色体全長にわたるゲノム増減は多くの癌腫で認められるが、染色体上のどの遺伝子が癌化に関連するのか絞り込んでいくのは極めて困難である。コピー変化が極めて局所的な狭い範囲での増減であったとしても、目的遺伝子を絞り込むのは至難である。様々な癌腫でコピー数変化を調べた研究によると、明らかなるがん遺伝子では半分の例で局所的なコピー数増加が知られている。局所的なコピー欠失はそんなに多く認められるものではない。臨床データがきちんとしたサンプルを用いた研究をもちいれば機能的な変化をももたらす変化を知る助けとなる。たとえば7番染色体を多く持つグリオブラストーマはHGF-MET遺伝子系列の異常と強く関連していることが知られている。薬理学的実験によると7番染色体を多く持ちHGF-MET遺伝子発現の強い培養細胞はより選択的にMETシグナルに依存していることが知られているのだ。
染色体変化は多くの癌腫で認められるが、その意義を理解することは極めて難しい。突然変異を知るレベルのシークエンス研究では、対象症例から短い配列をシークエンスし、コントロール(参照配列)と比較すれば結果がわかるのだが、染色体あるいはゲノムの組換え等のより複雑な事象を知ろうと思うと、より大きな基礎情報が必要となる。予想も出来ないようなゲノムの再構成をもっと多くデータ化する必要があるし、また融合遺伝子を知るためには、トランスクリプトーム解析も並行して行わなければならない。最近のコンピューター技術の進歩や参照配列を必ずしも必要としない解析ソフトウェアの開発のおかげで、この領域の進歩は著しい。
わかったこと:ほとんどのゲノム改変はパッセンジャー変異であること。しかし中には、活性を持った融合蛋白を介して、あるいは遺伝子に新たな制御機能を持たせることで積極的に癌化に関わるものもある。ゲノム研究が明らかにした融合遺伝子には前立腺癌を初めとするいくつかの癌腫で知られる、RAS、RAF、ERG、PTEN遺伝子を含んだ遺伝子融合である。乳癌ではNOTCH遺伝子融合が報告された。新規遺伝子の発見を示唆するようなゲノム改変イベントは比較的報告が少ないが、発見されたものを見ると、確かに新しい生物学的プロセスの存在を示唆するものがある。乳癌におけるMASTキナーゼであり大腸癌(〜10%)におけるR-spondinファミリーの変異である。
さてゲノム上で地図の全くない最前線といえば98%をしめる非蛋白コード領域である。 二つの原因で研究がすすまない。これまでの癌研究が(主にコストの問題で)蛋白コード領域に焦点が絞られていたことがその一つである。二つめの理由は遺伝子がない領域における変異を見出す分析手段がなかったことである。
この領域では癌と関連する変異であるかどうか、ある領域の変異率を詳細に実測し、これがバックグラウンドの変異率よりも高いかどうかを見ていかなければいかない。この手法は蛋白翻訳領域での検討ではよりわかりやすい。というのも非同義性の突然変異を見出していけばよいから。でもそれ以外の領域では、これが難しい。ある程度の範囲でバックグラウンドよりも変異率が高いかどうかを丹念に、しかもバイアスのかからない検索で明らかにしていかなければいけない、そして結果をつなげてゲノムレベルに組み上げる。検討範囲(ウインドウ幅)が小さいと、変異の検出率は下がるので、より多くのサンプル数が必要となる。一方、検討範囲を大きくすると周辺のランダムな変異に影響を受けて検出精度が下がるのである。
現在のところ最もよいアプローチは生物学的機能がある程度わかっている領域に検索を絞ることであろう。プロモーター部位や進化的に保存されている領域あるいはエピゲノム変異を受けやすい場所が対象となる。 メラノーマの制御部位解析では最近非コード領域での重要な変異を見出されている。TERT遺伝子のプロモーター領域に二カ所の高頻度突然変異部位があるというものだ。TERTはテロメラーゼ構成蛋白のひとつ逆転写酵素をコードすることで知られている。さてこの二つの突然変異ではシチジンからチミジンへの変異が誘導されるが、このためETS転写因子の新しい結合部位がTERTのプロモーターに生じることになるのだ。この変異はメラノーマの70%に、その他の癌腫(膀胱癌や肝臓癌)では16%に認められると報告された。
2 件のコメント:
はじめまして。楽しく拝読させて頂いております。私は現在ゲノム関係の研究に携わっているのですが、よく勉強されていますね。感心すると共に刺激ももらっています。
ありがとうございます。
ゲノム関係の研究者の数は日本では本当に少なくなってしまったように思えます。このレビュー論文(5)に出てくる暗黒物質、暗黒大陸の解明のために、現役の方々の研究を一層期待します。
まだまだやることは山のようにあるような気がします。
たとえば
サテライト領域の中がどうなっているのかとか・・・・・
single cell genomics(cell fateを含めて)とか・・・
stem cell genomicsとか・・・・
よろしくお願いします。
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