2015年1月30日金曜日

痛みのある皮下腫瘍:「ANGEL」で記憶しよう!

皮膚・皮下腫瘍の切除を頼まれることが多い。患者殿は突然私の前に現れるのだが、短時間でその病名のあたりを付けるのが最近の楽しみである。というか、その皮膚腫瘍を根治できるかどうかというのは、現実的に極めて切実な問題であり、結局それは組織学的病名にかかっているわけだが、実はそれを術前に知るのは多くは困難である。だからこそ、経験と知識と反省を最大限に繰り広げ、「あたりを付ける努力」は欠かせない。

軟部腫瘍の病名を予想するのに体系だった方法があるわけではない。こうすれば必ずわかる方法があれば教えて欲しいくらいだ。

格言めいた言葉はいくつかなら知っている。いわく・・・

1)頭皮の悪性腫瘍では「血管肉腫」を忘れてはいけない。
2)爪の下の有痛性結節(しみ?)ではグロームス腫瘍のことも念頭におくこと。
3)総論的には・・・・


  1. 一般的には 患者年齢、腫瘍の場所は大事である。子供に多い腫瘍もあれば、ご老体にしかみない皮膚腫瘍も多い。四肢、特に足にできやすいものもあれば、体幹にできやすいものも多い。
  2. 色も大事である。触知する結節が皮膚を通してうっすら「青黒く」見えると血管由来かなと思う。
  3. 触診も大事である。「脂肪腫」が柔らかいのは当たり前だが、「軟性線維腫」はもっともっと柔らかい。これは体表に突出しているためだ。一方「石灰化上皮腫」なんて「カニの足が皮下に埋もれている」感覚である。極めて硬い。以上の腫瘍は輪郭が比較的際だっている。
  4. 一方辺縁がぼやっとしている腫瘍はやっかいだ。きちっとエコーをして、場合によってはMRIをとって切除線を決めなくてはいけない。
  5. とはいえ一番頼りになるのは実は頻度である。最も多い腫瘍に出くわす可能性が最も高いのである。
  6. 最も大事なのは、切ってはいけない腫瘍を切らないことだろう。余り自分に制限を設けたくはないのだが・・・。これまで小生、結果的に切ってまずかった症例はないと思う。冷や冷やすることは稀にあるが・・・

最近は「皮下有痛性孤立性腫瘍 」を立て続けにみた。この「痛み」を頼りに鑑別診断ができるのではと、文献を調べるのだが、余り多くは見つからない。 そんななかに「覚えやすい語呂合わせ」があった。

たとえば

ANGEL: 

A
angiolipoma
angioleiomyoma

angioblastoma
(tufted angioma),adiposis dolorosa
(dercum's disease)


血管脂肪腫
これは多発する有痛性腫瘤であり、かつて小生悩まされた。

血管平滑筋腫先週出会った有痛性腫瘤はこれだ。右足の甲にできていた。うっすら青かったから「血管腫」ではないかとあたりはついた。エコーでは完全に孤発であり境界明瞭な10mm腫瘍。抜糸の時の患者の一言。「あれ以来(切除以来)痛みが全くなくなりました。こんなことなら二年も放置せずに早く切っておけばよかった」とのことである。えらく感謝された。血管平滑筋腫であるが、既存の血管とは明らかな交通はない。孤立性のくるんとした腫瘍である。皮膚透見で青く見えた腫瘍であるが、局麻すると色がわからなくなり、切除腫瘍も色味がない。不思議な腫瘍であった。なおこの病気は古くはFrechnerの1920年ころの報告に端を発するが、最初のまとまった報告は鹿児島大学から森本さんが1978年に出され、次の報告は1984年の蜂須賀のCancerが続く。500例を越える臨床病理研究であり、現在の大きな病理の教科書では血管平滑筋腫といえば筆頭でこの2論文が引用されているようだ。日本が誇る臨床病理研究であろう。ちなみに 蜂須賀の報告では9割が足にでき、その多く(8割)に「疼痛」があったと報告されている。今の教科書では疼痛の増悪要因として「季節、気温、風、月経」等々の記述がある。(Enzinger and Weiss's 等々の教科書)
 
N
neuroma

neurilemmoma


神経腫形容詞のない神経腫というのは珍しいのではないだろうか?消化器外科では胆道系術後の総胆管断端神経腫というのが有名である。良性ではあるが 閉塞性黄疸の原因にはなり得る。そうなのだ。「神経腫」にはこんな良性の外傷性?のものが多いのである。断端神経腫は疼痛が特徴といってよい。ANGELでこじつけられた腫瘍の中ではグロームスと並んで疼痛の頻度は高そうだ。さて、小生は体表の断端神経腫には幸いなことにお目にか かったことはない。もし出会ったとしても、痛みさえあれば既往歴と術創から推定はできると思われる。
  
神経鞘腫:これって痛むのであろうか?

G
glomus tumor
granular cell tumor


グロームス腫瘍:これは痛む腫瘍の代表であろう。拍動性の疼痛を伴う結節が指や爪下にできればこれだ(と断定して良いのか?)これには出会ったことがあるので記憶は生々しい。以前にも書いたが、ネットには「グロームス腫瘍患者のつどい」のようなページがあるのだ。この腫瘍の頻度は存外高いのかもしれない。最近では沖縄の形成外科の先生(Dr.Kenこと新城 憲先生)のHPに手術例が載っている。

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2010年12月16日木曜日 

 爪の下の有痛性腫瘍:グロームス腫瘍

 左手4指の爪の下に赤い小さな結節があるヒトがやってきた。爪下血腫ではない。「痛いですか?」「めちゃ痛いです」というわけでグロームス腫瘍の可能性が大きいね。グロームス腫瘍はそんなによく見る病気ではないはずだけど、ボクはこれまで2例みたぞ。
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 顆粒細胞腫:この腫瘍は消化器外科では試験に出る腫瘍(食道や盲腸)として有名だが、頻度はおそらく相当低いだろう。実臨床でお目にかかるのは「皮膚・軟部」と「口腔(特に「舌」)」。小生も25年前に一例だけ側背部皮下腫瘍を切除したらこの病気だったので覚えている。覚えているのには「病理」以外にも理由があるのだ。恥ずかしいし、患者殿には申し訳なくて冷や汗だくだくの経過だったので忘れられない。実は術後皮下出血から血腫を作ったのだ。血腫の大きさは5cmくらいだったので結構目立つ。皮膚の浅黒い色が消えるまでにはしばらく時間がかかった。若い女性だったが、文句も言わず(ホントは絶対苦情があったはずだ)治療につきあってくださった。25年たっても忘れない。術後皮下血腫は恥だ。

で、本題であるが、この腫瘍痛むのであろうか?いろいろな文献を今回読んでみたが、疼痛について触れてある論文は少ない。がしかし以下の論文を初めとして顆粒細胞腫は有痛性腫瘤として捉えられているのだ。これまでは。

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Abstract

Some tumors of the skin are difficult to diagnose because they are clinically nondescript. However, if they are painful, nine unique tumors should be considered. In addition to the commonly accepted tender lesions, we describe a painful nodule in a patient who proved to have a granular cell tumor. We summarize the clinical and histologic features of the "LEND AN EGG" tumors: leiomyoma, eccrine spiradenoma, neuroma, dermatofibroma, angiolipoma, neurilemmoma, endometrioma, glomus tumor, and granular cell tumor.

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だけどたとえばMedscapeをみるとはっきりと「顆粒細胞腫はpainless」であると書いてある。サイズが大きくなったらいろんな症状が出るのであろうが、臨床的に観察される多くの3cm以下の腫瘍であれば、Medscopeの説明通り、無痛でよいのかもしれない。


E
eccrine spiradenoma
eccrine angiomatous
hamartoma(cutaneous),endometriosis



エクリンらせん腺腫 : 良性のエクリン汗器官腫瘍。通常単発まれに多発する。大きさは2cm程度で20-50歳台 の上半身に好発する、性差はない。皮内から皮下に位置する弾性硬の結節でドーム状・半球状に隆起する、色は皮膚色から褐色、紅褐色と様々で腫瘍内の脈管の 増生の程度や出血の有無で決定される。痛みは80%程度に認める(というがホントカ??)。腫瘍内に存在する神経線維から分泌されたアセチルコリンが腫瘍細胞の汗分泌を促進し疼痛 を生じるという説や結合織被膜および腫瘍内の神経線維が刺激されるため起こるという説がある。ところでこの腫瘍はなぜ「らせん」「spiral」という名称なのだろう。不思議だ。

いずれにせよ、これら皮膚付属器腫瘍の分類学は病理を多少学んだくらいでは到底覚束ないほどの深淵な世界であり、小生の老耄前頭葉では到底受け付けてくれそうにない。その老耄前頭葉でも近づける、かなりの労作をひとつ発見したのでご参考までに掲示する。東京医大 病理の泉 美貴先生のスライド「汗腺系腫瘍の診断学」である。 これをもってしてもらせんの由来が不明であった。




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痛みについてこんな論文を見つけたよ。Medscapeによる)

Mambo NC. Eccrine spiradenoma: clinical and pathologic study of 49 tumors. J Cutan Pathol. Oct 1983;10(5):312-20. 


Mambo[15] performed a clinical and pathologic study of 49 spiradenomas occurring in 46 patients. While textbooks say spiradenomas are painful, this was not reported in most patients. Pain, increased sensation, and/or tenderness were noted in only 23% of the 35 patients who had well-documented clinical histories. In 2 patients, the spiradenoma underwent malignant transformation but did not recur in the 35 patients who underwent surgical removal.

抄訳すると
・・・教科書に エクリンらせん腺腫は有痛性だと書いてあるが、マンボ氏の49症例報告では、それほどでもない。痛み圧痛は臨床記録の残っている35人の患者のうち23%にしか認められない。・・・とのことである。4分の3の症例では痛みはないようだ。

とはいえ、さはさりながら、多くの教科書では「有痛性」と記載されているので、一応「有痛性」と覚えておこう。
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L
leiomyoma:
 

平滑筋腫:これって痛いの・・?




欄外参考文


痛みのある腫瘍の覚え方

ANGEL

ANAGALE(ANAのギャルはイー)
ENGLAND
BENGAL
ANEAGAL
LEND AN EGG
BLEND AN EGG・・・・など

Angiolipoma:血管脂肪腫、Angioleiomyoma:血管平滑筋腫、Angioblastoma:血管芽細胞腫(中川)、Adiposis dolorosa(Dercum’s) disease:有痛性脂肪腫
Neuroma、 Neurilemmoma:神経鞘腫
Glomus tumor:グロムス腫瘍、granular cell tumo:顆粒細胞腫
Eccreine spiradenoma:エクリンらせん腺腫、Endometriosis:子宮内膜症
Leiomyoma:平滑筋腫
Dermatofibroma:神経線維腫
Bleu-rubber-bleb nevus


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閑話休題 :思わず「!」とうなずいた一言。とても気に入った。

「他人に迷惑をかけてはいけない」というのは大嘘で、どれだけ楽しく迷惑をかけられるかの勝負だ。

私のバージョン。

 「子供にに迷惑をかけてはいけない」というのは大嘘で、どれだけ楽しく迷惑をかけられるかの勝負だ。

わっはっは。覚悟しておいてね、我が子よ。

2015年1月7日水曜日

「雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか」:新年にあたって・・・

新年おけましておめでとうございます。

今年も年初に当たって思うところを述べたいのだが、いつも考えている以上のことはなかなか思いつかない。新しいことはなにも考えつかない。そこで、ここ数年職業について考えていることを述べてみたい。


小生は少なくとも子供の時代までは、(職業に関して)今のパラダイムが続いていて欲しいと願ってきた。でも職業について今のパラダイムが続くのは無理かなあとも思い始めている。小生生まれてから、世の移り変わりについて行けないと感じたことはこれまで一度たりともないのだが、最近やや不安を感じている。その不安をいくつか箇条書きにしてみよう。
  1. 職業の淘汰:昨年のお正月に東大の人工知能が話題になったとき、20年たつときっといらなくなる職業がいくつかあるとして「公認会計士」が筆頭にあげられていた。東大の新井紀子さんの記事である。
  2. ここで、すでに1980年台にタイピストや電話交換手という職業が消失したことを思い起こそう。
  3. 今年の正月3日のNHK特集は状況の切迫化が「弁護士」に及んでいることに触れていた。今のニューヨークの弁護士の多くは「人工知能」に使われる存在であり、極めて優秀なほんの一部の弁護士のみが生き延びられて、残りの大多数は失業する可能性が高いという切羽詰まった状況を伝えていた。これには驚いたのだ。今の「人工知能」は余りに優秀であるとのこと。少し前までは「人工知能」が見つけてきた過去の判例を人間弁護士が使えるかどうか判断していたのだが、今では使えるかどうかは「人工知能」が判断するんですって。普通の弁護士よりは余程判断が上手になってきたらしく、並みの弁護士は失業を覚悟しなくてはいけないとのことだ。ぞっとする話である。
  4. 近頃危ない職業はなんだろう?旅行会社などは風前のともしびであろう。電子機器開発職?学校の先生?建築設計?農業?漁業?農業や漁業はしばらくは安泰のような気がする。でも他の仕事は?
  5. これに関しては昨今話題の論文があるのを知った。2013年にオックスフォードから出た『雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか』。この論文では702種類の職業がコンピュータ化される可能性を論じている。もっぱら日本のマスコミでは「消える職業」が話題になってるが、72ページあるこの論文の最後の最後にある表は「生き残る可能性の高い職業」がリストされている。
  6. その表によると内科医や外科医はかなりの割合で生き残れそうである。
  7. それでも診断に関しては5年で「人工知能」が人並みになるような気がしてならぬ。「人工知能」の判断材料である「電子カルテ」「DPC」「レセプト」は我が国中に急速に蔓延している。新年号の「週間医学界新聞」によるとDPCが年間900万件弱、レセプトは年間18億件、すでにネット上に蓄積されたレセプトデータは83億5000万件分と膨大である。さらには臨床データベースである「NCD」は外科手術症例だけで全国4000余の病院から総計414万症例が蓄積されている。
  8. このデータを駆使できるのは実は「人工知能 大先生」だけかもしれぬ。日本はこの領域でダントツ世界の先端を行っている。基本的な治療モダリティーや診断技術が全国津々浦々まで平均的であるからだ。基本的に多くの医師は真面目だから、データの質が比較的高そうである。なにしろ人工知能に必要なものは「症状」「検査結果」「経過」「治療内容」「結果」の相関だけであり、今の人工知能には、従来の医学生が学んだ論理的・診断学的アルゴリズムは一切不要であるというのが常識であるから、この5項目が現れたデータベースを渉猟すれば、独自の診断が可能なアルゴリズムを紡ぎ出す可能性が高い。日本の基本的データが信頼できる質の高いものであり、そのデータは瞬く間に膨大になっている。ここ数年で我が国から面白い診断プログラムが出てくるような気がしてならぬ。
  9. そうなったら面白いと思う。診断に費やす時間がへること。および治療に専念できる環境というのは、医師ー患者双方にとってハッピーな状況であろうから。
  10. 一方、次世代の子供達はどうなるんだろうとも思うわけだ。就職をひかえた子供達を前にして、親の意見やお薦めが全く通用しない職業世界が、もうそこに迫ってきている(公認会計士や弁護士はお薦めだよと、従来ほどには言えない世界。)どんな職業が一生続けて行けそうか、全く想像ができない世界の到来は直ぐそこにある。とても憂鬱でストレスフルな状況である。