2020年3月20日金曜日

消えたスーパー・スプレッダーという用語

新型コロナウイルス感染症は様々な影響を医療現場にもたらしている。小生の勤める病院では「小心者の小心者による防御策」を毎日のように考え出し、ウイルスの侵入・蔓延予防にやっきになっている。極めてナーバスな職場環境である。こんな時節は「小心者」になりきることが大事なのだ。

一方で外来患者の減少は目を覆うばかりである。1割〜二割減で音を上げている方々もいるようだが、当院はそんなレベルではない。小生の病院の周りの患者さんたちは、とても臆病である。高齢者に対する長期処方や電話再診も開始した。

私の住む自治体ではコロナPCR陽性患者の報告例はあるが、報告数は極めて少ない。人口比でもかなり低いレベルではないかと思う。中国・韓国を始めとする観光客は極めて多い(多かった)にも関わらずである。

2月下旬に最初の報告例が出たころは「ついに来たか。これから大変だな」と思っていた。当然のように感染者が増加するものと思っていたわけだ。それから例の「PCR制限」が始まった。感染陽性者が増えないのは「PCR制限」のためだと当然思っていた。

この間「これはコロナ陽性が極めて疑われる」という患者さんは来ました。

具体的には



  1. 「インバウンド専門大規模販売所」(らおっくすといいます)で毎日のように春節インバウンド来日客に接していて発熱・咳の一週間続く27歳ーーー肺炎がないからと断られた。

  1. インスリンに完全に依存している超肥満の40歳男性で、風邪をこじらせ最初は自分で相談センターで断られ、一週間後当院呼吸器内科を受診したころは、消耗激しく(普通であれば即入院)であったが、医師の電話でもCTで肺炎がなかったが故に再度断られた事例。この方は外来通院でつないでいる。

  1. 熱発も肺炎もありコロナ疑いが十分であり、CTで両側すりガラス様肺炎像もあるのだが、その肺炎像を説明したところ「コロナらしくない」とPCR断られた症例。CT像を詳しく描写できたがゆえに断られた。

そんなこんなで3週間経過したわけだ。不思議なことに春節時期にあれだけ多くのインバウンド客でごった返し(例年ほどではないにしても)ていた街であるが、潜伏期を越えてもその後のPCR陽性患者が出現しないのだ。

いろいろ考えられる。
  1. この街にはコロナ患者あるいはコロナ陽性者が本当にいない可能性
  2. 本当はコロナ患者→コロナ肺炎は増加したが通常の肺炎と診断経過している。
  3. 不顕性コロナ陽性者は存在し拡大している。
1のコロナ陽性者がいないという可能性はほとんどないであろう。名古屋や大阪ほどではないが、我が地元にはそれなりに人の出入りがあるから。

2はPCRを制限することで当然考えられるシナリオであるが、「普通の肺炎」ではないのがコロナの臨床経過であろうから、この街の普通のお医者さんなら必ず異変に気がついているはずであるが、そんな医療仲間情報、医師会からの情報は全く届いていない。
さらに言えばそんなコロナ感染者がいれば、3週間経もたてばかならず二次感染者が発生しているはずである。その結果少なからずクラスターが発生しているはずだと思う。他の地域の例から敷衍するに少なくとも「家族内発生」が出現するはずなのだ。でもそんな報告がないのだ。不思議だ。

で、やはり3の「不顕性コロナ陽性者は存在し拡大している」あるいは「不顕性コロナ陽性者は存在しているが、くすぶっている」というシナリオが捨てがたい。本当は「不顕性コロナ陽性者は存在し不顕性のまま拡大し集団免疫の形成が順調に進んでいる」が理想であるが、そんなに甘くはないだろう。

一方で専門家会議の尾見先生が3月8日に述べられた「観察事実」がどうしても頭から離れない。それは「日本のコロナ事例でみると、感染者の80%は他人にうつさない」というものだ。これが何を言っているか、ぼうっとしていると気が付かないが、翻訳すると「今回の日本のコロナ感染でみると、5人の感染者(当然PCR陽性者)のうち4人は他人に移していない」ということである。感染させるのは5人のうち一人である。

これが噂話ではなく専門家会議の尾見先生の会談のなかで述べられていることが重要である。

「新型コロナ対策 緊急対談」(内閣官房)聞き手は山中伸弥教授

3のシナリオではくすぶっているにしても拡大しているにしてもスプレッダがいるということである。以前の推論では一人のコロナの感染者が次にうつす二次感染者の数は二人程度であろうという試算であった。先程の5人の感染者集団(クラスター)なら10人の二次感染者が新たに生まれることになるが、これはこの5人のうちの一人が感染源となるのだ。これがスプレッダーである。この存在は厄介だ。日本のように潔癖を旨とする社会では極めてこの概念は厄介だ。コロナ感染の初期にスーパースプレッダーという用語がマスコミで広がりかけたことがあった。しかしあっと言う間に消えたことを覚えておられるだろうか?そのかわり出てきた言葉が「クラスター」である。

「クラスター」という言葉が広がるにつれ「スプレッダー」という言葉が消えていった。
この知的擬装は実に素晴らしい発明である。一人のせいにしないことが大事なのだ。5人以上いれば一人くらいは病気をうつす人がいるけど、それが誰だかわからない・・・一般には・・・くらいが平和である。愛知の蒲郡の亡くなった人をそんなに激しく責められないご時世なのだよ、今は。個人を追い求めることが連鎖解析には大事であり、それはクラスター調査班がやっているが、そこで個人名を明らかにしても始まらないということだ。

ところでこの街にも「スプレッダー」は存在しているのだろうか?街の人の中にどれくらいPCR陽性者がいるか知りたいが、これは以前に述べたように「パンドラの箱」であるから絶対に調べてはいけないと思う。偽陰性も偽陽性もこの病気に関しては極めて厄介だからだ。

それにしても「クラスター」概念を考えだした人はすごい知恵者だと思う。スプレッダー概念を上手に消して「クラスター」に変えた方は本当に優秀で頭がよい。国民の怒りの矛先をうまくかわしてしまったからだ。




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