第四弾である。このあたりの話は比較的地味であるが、この数年急速に明らかにされてきた領域である。クロマチン研究家、ヒストン研究家、スプライソーム研究家が地道に研究してきた領域に、いきなり「がんゲノム屋」が乗り込んできた様相である。ひさしを貸して母屋を乗っ取られかねない勢いである。
がん研究の地平線が一気に広がっているのがわかる。これからのがんの専門家が知っておかなければならないことが、いかに広い領域に及んでいるか、このレビューを眺めてあらためて感じられないだろうか?
もし同感されないとすれば、それは哀しすぎる。いまからでも遅くないので、しっかり現状にキャッチアップしておかないといけません。
クロマチン:ヌクレオソーム再構成
クロマチン生物学に影響を及ぼすもう一つの変異ターゲットはといえばSWI/SNF複合体である。SWI/SNFはATP依存性のヌクレオソーム再構成を通してクロマチン構造を制御する。
腫瘍生物学におけるSWI/SNFの重要性が最初に示唆されたのが悪性ラブドイド腫瘍(小児の悪性腫瘍である)におけるSNF5の関与であった。ラブドイド腫瘍ではSNF5が両アリル欠失する。
その後の癌の大規模シークエンス研究によってSWI/SNF複合体遺伝子は最も頻度高く変異を起こす遺伝子グループであることが判明したのだ。腎癌では41%の症例でPBRM1(この遺伝子はヒストンアセチル化のリーダーであり”BAF”SWI/SNF複合体の主要構成要素であるBAF180をコードする)が変異していることがわかった。なお腎癌でこれ以上の変異頻度を示す遺伝子はVHLくらいしか報告されていない。
同様に卵巣癌では50%以上の症例でARID1Aが変異をおこしている。ARIDA1は別のBAF蛋白をコードしていることが知られている。ARID1Aについてはその後様々な癌腫で高頻度に変異を起こすことが報告され、肝癌では30%、膀胱癌では34%、子宮類内膜上皮癌では21%である。そのホモログ遺伝子であるARID1Bあるいは ARID2 (”PBAF”SWI/SNF複合体の主要構成要素)は悪性黒色腫、肝癌、膵癌で変異を認めるとの報告がある。なお他のヒストン修飾酵素と同様にSWI/SNF複合体遺伝子変異も典型的な機能失活型の変異を示す。すなわち両アリル欠失か蛋白発現消失であり、腫瘍抑制遺伝子と同様の機構により機能を失うのである。
クロマチン:コンパクション
予想外の発見をもうひとつ紹介する。それはクロモドメイン・ヘリカーゼ・DNA結合遺伝子ファミリー(CHD:
Chromodomain-helicase-DNA-binding)である。CHD蛋白は幹細胞が分化するときDNA凝縮を制御しゲノム安定性を確保する。
CHD1の変異は前立腺癌のETS陰性型(ETS遺伝子の転座を認めないサブタイプ)の発症に根本的な役割を示すようだ。ホモログであるCHD4は子宮内膜癌でよく欠失する。ヒストンH3.3自身も小児の悪性腫瘍であるアストロサイトーマや髄芽腫では高頻度に変異する。
総括してみよう。なんらバイアスのかからない癌ゲノムシークエンス法をもってして、初めてこのようなクロマチンやエピゲノムの変異が見つかったのであり、これが新しい基礎や臨床の発見につながったということである。
DNAメチレーション
DNAのメチレーションもまた癌のゲノム構造に重要な役割をはたしていることはいうまでもない。特にCIMPと呼ばれるCpGアイランドがメチル化を受けやすい一群がいくつもの腫瘍で知られるようになった。大腸癌ではDNAが過度にメチル化を受ける一群が生物学的に重要なグループを構成することが報告された。これに反論する報告もまた存在する。当時の系統的研究でメチル化マーカーを使った研究では大腸癌にはCIMPとよんでいいグループがあるという明白な証拠は示されていた。大腸癌のCIMP腫瘍ではたいがい高いマイクロサテライト不安定性を示していた。原因はMLH遺伝子が高度にメチル化されているからであり、そのためマイクロサテライト不安定性となるとされた。
しかし大腸癌におけるCIMPの成因はいまだ謎に満ちているのである。というのはこれらの腫瘍ではDNAメチル化機構に関与する遺伝子群に変異が認められないからである。グリオブラストーマやAMLの一部はCIMP様の変化を示す。これらの腫瘍ではこの現象の一部はIDH1/2蛋白の変異とその結果生じた2HGによるところが大きいものと考えられる。
DNA低メチル化もまたある種の腫瘍では重要である。AMLの25%程度にDNMT3A遺伝子変異が知られている。この遺伝子蛋白はCpG塩基対にメチル基を付加する酵素である。したがってこの遺伝子変異をもつAMLでは癌化にかかわる多くの遺伝子プロモーター部位の低メチル化を示す。この変異を持つ腫瘍は予後が悪い。その後DNMT3A遺伝子変異はMDSにも認められることが示された。MDSは次第にAMLへ移行することが知られている。
DNAメチレーションの重要性が認識されたことで5-アザシチジンやデシタビンといった抑制剤への興味に火がついた。おそらくはこれら薬剤はDNMT3Aや他のDNAメチレーションに関係する遺伝子に変異を持つ腫瘍に根治的効果が期待出来る。5-アザシチジンは特に興味深い薬剤であり、MDSに効果があることがわかった最初の薬剤であり、AMLにも効果がありそうである。白血病のなかでもDNMT3Aや他の遺伝子変異を持つタイプはこれらの薬剤に効果がある可能性があるのである。クロマチン変異と同様に、DNAメチレーションによって変化を受ける遺伝子の中で癌化に核心的な遺伝子はいまだによくわかっていない。
DNAハイドロキシル・メチレーション
ゲノム研究はエピゲノム修飾と癌化の間の新しい関係を明らかにしてきた。2009年には生化学研究による新しいDNA修飾が見出された。CpGアイランドの5-メチルシトシン(5mC)を5-ハイドロキシメチルシトシン(5hmC)に変換する修飾でありDNA水酸化酵素であるTET(ten-eleven-translocation)酵素に介在される。ほどなくしてゲノム解析によりTET2がAML、MDSを初めとする骨髄増殖性疾患で機能喪失性の突然変異を示すことが明らかにされた。
すでに記したようにTET酵素はα—ketoglutarateを必要とし、一方変異IDH1/2によって作られる2HGによって抑制される。TET2とIDH1/2の変異は少なくとも部分的には共通経路で作用すると推察される。それから予想されるようにAMLにおいてはこの二つの変異が共に見られる症例は希有である。しかしながら興味深いことにTET2とDNMT3A遺伝子変異はMDSではしばしば共に観察される。白血病発病において5mCと5hmCは制御異常となるがこの二つの間にはいまだ説明のつかない協調性機構の存在が伺えるのである。
RNAスプライシング
RNAの転写に影響を与えるターゲットにはまだ残された分野があり、RNAスプライシングが重要であることが判明した。癌では通常とは異なったスプライス・パターンが見られることは随分前から指摘されていたが、これが癌化の原因となるのか、あるいは癌化の結果によるものなのかは例によって判定が困難であった。解答はCLLとMDSのエキソーム・シークエンス研究によって明らかにされた。CLLではスプライソーム遺伝子であるSF3B1が10-15%変異していることが明らかにされた。なお他のスプライソーム遺伝子(SFRS1,
SFRS7, U2AF2)も変異するが頻度は低い。一方MDSでは概観はより明瞭でありスプライソーム遺伝子変異が45-85%に認められる。SF3B1とU2AF1が最も頻度が高い。他の遺伝子(SF3A1,ZRSR2, SRSF2, U2AF2)は頻度が低い。スプライソーム遺伝子変異は固形癌でもある程度の変異を示すが最も顕著なのは肺腺癌でU2AF1, SF3B1, U2AF2とPRPF40Bで変異を認める。SF3B1はまた乳癌や膵癌で変異を認めた。
スプライソーム遺伝子変異のパターンからはその機能への重要なかぎが示される。第一に遺伝子変異は相互排除的に認められることであり、癌化におけるスプライソーム遺伝子群の働きはお互いに良く似ており、畳重なシステムであるということ。第二に遺伝子の中にはヘテロな変異を示すものがありこれらは蛋白の重要なドメインに変化をきたす。おそらく機能活生性の変化をもたらすのであろう。SF3B1はHEATドメインに影響を与える。U2AF1は保存性の高いzinc-fingerドメインに影響を与える。SRSF2は明らかなコドン局所化能を持つ(意味が不明です、ここの部分)。ZRSR2遺伝子はORF のいずれにも変異が起こるし、しばしばその変異はナンセンスである。これは機能喪失性の変異である。癌化に伴うスプライス異常はこれらの遺伝子変異に伴って起こっていたのである。
MDSでは環状鉄芽球性貧血を伴うサブタイプにSF3B1変異は認められるが、これは赤血球への成熟を不能にする。この観察からSF3B1が環状鉄芽球から成熟赤血球への変換をスプライスによって起こしている(成熟に重要な遺伝子のスプライス・パターンを変えることによって)可能性が示唆されるのである。
スプライソーム遺伝子変異は予後予測因子でもあり治療へ影響を与える。例えばU2AF1変異はMDSからAMLへの進行に関連するし、SRSF2変異はMDSのサブタイプCMML(chronic
myelomonocytic leukemia)と関係している。CLLではSF3B1変異を持つと病気は急速に進行するし予後不良である。U2AF1変異は肺腺癌の予後不良因子でもある。スプライス因子群は以前は抗癌剤の対象にはなっていなかったが、いまや評価は変わった。スプライス因子に対する小分子や自然薬剤が報告されている。スプライシオスタチンA(SSA)はシュードモナス由来の代謝産物であるが、SF3B複合体を阻害しスプライシングを抑制する。プラディエノイドはストレプトミセス合成産物であるがSF3B1を直接阻害する。プラディエノイドの変異体であるE7107は第一相臨床試験が行われており甲状腺癌にある程度の効果を示すことがわかった。
以上で9ページの途中である。本文だけで15ページのレビューであるから、あと6ページである。まだまだ面白い内容が後半も待ち受けているのである。訳であるがすでに原稿用紙で40枚くらいになっている。長大であるが頑張ろう。