2017年1月21日土曜日

かろやかなオバアさんたちとその時代の終焉

外来・入院で診ている患者さんたちも、年々歳々高齢化していく。ボクの働く病院は「人の出入りのあまり多くにない『ある地域』」を一手に引き受けているから、10年近くお付き合いのある方も多いのだ。その中で去年はかなりの方が亡くなった。これから数年は加速度的にそんな方々が増えていくことだろう。

そんななか元気のいい素敵なお年寄りも少なくない。大腸癌の術前一週間前に「せんせ、これあげるから私の代わりに行ってきて。手術なんて思ってもいなかったから予定くるっちゃったわ」といって歌舞伎のチケットをボクに渡したおばあさんは、すでに術後2年たつが元気でゴルフ、歌舞伎、麻雀と忙しそうだ。このヒトは東北の大震災で仙台の住まいがなくなり、当地に居住を移したヒトなんだけど、80越えてたった一人で新天地に移って、ちゃんとコミュニュティを作っているのだから素晴らしい。外来に来るたびに「ねえ、歌舞伎行こうよ、チケット手に入れるからさ」と誘われる。彼女がくれた歌舞伎公演には出かけましたよ。ボクにとって初めての歌舞伎体験でした。「のれん」をお土産にあげたが、周術期に枕元に飾ってあったのがほほえましい。

96歳のA先生は、とある女子大の学長を長い間勤めた方だ。彼女の日本語は素敵だ。かつての日本の標準語だった言葉を平成の29年になってもしゃべる。言葉もきれいだが、発音はもっと素敵だ。去年の暮には転んで頭頂部を傷つけ出血がひどかったのでステープラーで縫着して差し上げた。今は病院の近くの老人施設に入居中である。立ち居振る舞いがとにかくエレガントである。認知症のかけらもないこの方の記憶力は尋常ではない。それは昭和13年、あれは昭和45年前後と特に年代の記憶が羨ましい限りだ。この年になっても地元のご意見番であり選挙の前なんかになるとテレビ局はこの老人施設に取材に行くのだ。時々テレビでお見かけする。そんなひとだ。

94歳のBさんも闊達だ。90、92、94、96歳の4姉妹のリーダー格である。 92歳の妹さんが入退院を繰り返しているのでよく病院で見かけるが、会うと必ず遠くからでもおおきな声で話しかけてくる。敬虔なクリスチャンであり、背筋が伸びてかっこいい。趣味はコーラスである。歌っている曲がすごいのでとても良く覚えている。昨年のクリスマスシーズンに外来で出会ったので「『マタイ受難曲』練習してるんでしょう、今年も?」というと「あらせんせ、よく覚えててくれたわね。せんせもマタイやらない?」と返ってきた。

コーラスついでに歌曲の話題を一つ。

昨年ある方から教えてもらったのがリヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」という歌曲である。たまたま探したyoutubeがこのルチア・ポップというオペラ歌手でした。シカゴ響でショルティだったし、画像も音も良いのでこの映像をupするが、この曲昨年何度聴いたことだろう。




クラシック好きの中には二種類あって器楽曲もオペラも好きな人たちがいる一方で、オペラを含む「歌」が苦手な一群というのがあるのだ。ボクは昔から後者であり、オペラやシューベルトの歌曲等々が苦手だった。

そんなボクではあるが最近では歌曲にも抵抗がない。「4つの最後の歌」にすっかりハマってしまった。この歌曲を聴くとある光景が思い浮かぶ。夕暮れ前、もうすぐたそがれの陽の光のなかにいる自分である。

4つの歌は
  1. 「春」 Frühling7月20日
  2. 「九月」 September9月20日
  3. 「眠りにつくとき」 Beim Schlafengehen8月4日
  4. 「夕映えの中で」 Im Abendrot5月6日
という。ヘルマン・ヘッセ等の詩につけられた歌曲である。

20分程度の歌曲ですが、これをお読みの皆様の心を打つと思います。 とても美しい曲です。

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本日トランプ大統領が就任しなにか気味の悪い時代を迎える覚悟をしなくてはいけない。
トランプ以前のあの時代が終わった、まさに終わらんとする黄昏時にふさわしい曲かもしれませんね。





2017年1月20日金曜日

事実は小説より奇なり:NEJMのイメージ

コンピュータ・グラフィクス(CG)で作画したとしても、あまりに非現実的でバカバカしく直ちに却下されそうな写真である。「ありえない、こんな写真!!」

こんな現実があるんだね、とただただ驚き、そして慄(おのの)くのである。

Roux-en-Y による胃のバイパス術後7年目の小腸捻転であるが、再開腹では空腸ー空腸吻合部位の腸間膜欠損部位がヘルニア門だったと記述されている。整復され欠損部を縫縮しただけの手術で術後二日目に退院している。よかった、よかったである。

しかしこの写真であるが、外科やっている人間としてはただただ驚きである。

「こんなヒトがいるんだね〜〜」 「事実は小説より奇なり」だね〜〜。













Images in Clinical Medicine

Swirl Sign — Intestinal Volvulus after Roux-en-Y Gastric Bypass

Joseph Fernandez-Moure, M.D., and Vadim Sherman, M.D.
N Engl J Med 2017; 376:  January 19, 2017

A 56-year-old man presented after a day and a half of midabdominal pain, nausea, and bilious emesis. The patient had undergone Roux-en-Y gastric bypass 7 years earlier. During the physical examination, tachycardia and tachypnea were noted. The abdominal examination showed a distended, tympanic abdomen with severe generalized abdominal tenderness, involuntary guarding, and rebound tenderness consistent with peritonitis. Radiography (Panel A) and computed tomography (CT) (Panel B) showed dilated loops of small bowel distal to the jejunojejunostomy staple line with proximal decompression. Swirling of the bowel and mesenteric vessels was noted on CT as they herniated through the jejunojejunostomy mesenteric defect. Exploratory laparoscopy showed an internal hernia of the small bowel. The herniation was reduced and the defect closed. Small-bowel obstructions associated with internal hernias after gastric bypass can progress to bowel necrosis and death. The patient’s postoperative course was uncomplicated, and he was discharged home on postoperative day 2.


Joseph Fernandez-Moure, M.D.
Vadim Sherman, M.D.
Houston Methodist Hospital, Houston, TX

2017年1月18日水曜日

岡田節人先生を偲んで(1)

発生生物学者 岡田節人先生が世を去られた。エピジェネティクスの始原、源流であるC・H・ウォディントンの元に留学され日本に「後成的風景」をもたらした発生生物学の泰斗である。小生は若かりし頃、岡田節人の書かれた何冊もの本を舐めるように何回も読んで自らの無知蒙昧の底上げをさせていただいた。本日そのうちの一冊「生命科学の現場から」という昭和58年の本を本棚から取り出し読み直していたが、往時の感慨がよみがえる。


Epigenetic Landscapeby John Piper & C.H.Waddington





いろいろ書きたいことはあるが、 まずもって「生命誌」に岡田節人先生が連載された「非生物学的エッセー」を、この場にリンクしておきたい。今月来月いろんな追悼特集がでるであろうが、この音楽エッセイにまで触れらることはないと思われるので「生命誌」には無許可でであるがリンクを貼らせていただく。

実は8番の ラヴェル『マダガスカル島民の歌』のことを最近知り、これが「おかだ ときんど」先生の文章だと知り驚愕したところだった。小生はラヴェルに目がなく、これまで何度もラヴェルには触れてきたので、この先生もそうなのかという驚きがあったのだが同時に、この先生の音楽への造詣は私などの及ぶところではないと打ちのめされたのである。発生学のことも書きたいが、まず学問以外のことをリンクすることでお弔いとしたい。合掌。

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生物学に詳しい音楽家とまで言われた岡田節人名誉顧問が19回にわたり、思いのままに音楽を語った名エッセイです。音楽も科学も優れた知であることが浮かび上がります。書斎で語る岡田先生。あるテレビ番組に出ていたら「生き物のことに詳しい音楽家」と視聴者に誤解されたほどの音楽マニアで知られる。オーディオルームを兼ねた書斎の棚には、世界各地で買い求めたLPやCDが並ぶ。
「生命誌」より

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血管カテがなかなか進まないなあ〜〜というNEJMのイメージ

この数珠状のアンギオ・イメージ















Images in Clinical Medicine

Fibromuscular Dysplasia of the Brachial Artery

Mistyann-Blue Miller, M.D., and Demetrio R. Flores III, M.D.
N Engl J Med 2017; 376:  January 12, 2017

血管造影をしようとしたらカテがなかなか入らなかったという方です。フィラデルフィアのハーネマン医科大学(個人的にはとても懐かしい医科大学だ)からの報告

A 68-year-old woman presented with exertional dyspnea and chest pain, symptoms that suggested unstable angina. She had undergone coronary-artery bypass grafting 5 years earlier. Vascular examination revealed palpable radial pulses on both sides of the body. The results of Allen’s test, conducted with the use of plethysmography, were normal. Transradial coronary angiography was attempted, but there was difficulty advancing the guidewire and diagnostic catheter past the level of the elbow. Right brachial angiography revealed a “string of beads” pattern (arrows) that was consistent with fibromuscular dysplasia, a noninflammatory, nonatherosclerotic disorder of the blood vessels. Fibromuscular dysplasia is most commonly seen in the carotid and renal arteries but has been observed in nearly every arterial bed. Although many patients are asymptomatic, some have symptoms related to the affected arterial bed, such as hypertension, renal failure, stroke, abdominal pain, or claudication of the legs. Coronary angiography was completed by means of the right femoral artery, which revealed no indication of fibromuscular dysplasia but did reveal stable coronary artery disease with patent bypass grafts. The patient’s chest pain resolved and was attributed to a noncardiac cause. She was discharged the next day, and there were no further sequelae.

Mistyann-Blue Miller, M.D.
Demetrio R. Flores III, M.D.
Hahnemann University Hospital, Philadelphia, PA

 
 
メルク・マニュアルによると・・・
 
線維筋性異形成には,非アテローム性,非炎症性の動脈変化の異質なグループが含まれ,ある程度の血管狭窄,閉塞,動脈瘤を引き起こす。

線維筋性異形成は通常,40〜60歳の女性に起こる。原因は不明である。しかしながら,遺伝的要素がみられ,喫煙が危険因子である可能性がある。線維筋性異形成は,ある種の結合組織疾患(エーラス・ダンロス症候群4型,嚢胞性中膜壊死,遺伝性腎炎,神経線維腫症)を有する人により多くみられる。

最も一般的なタイプである中膜異形成は,コラーゲンを含む線維筋性の厚い隆起と薄い隆起が中膜に沿って交互に現れる領域(中膜異形成),または外層の広範なコラーゲン沈着(中膜外層異形成)を特徴とする。線維筋性異形成は腎動脈(60〜75%),頸動脈および頭蓋内動脈(25〜30%),腹腔内動脈(9%),外腸骨動脈(5%)を侵す。

線維筋性異形成は通常,部位にかかわらず無症状である。症状が起こるときは部位により様々であり,足が侵されているときは,大腿およびふくらはぎの跛行,大腿動脈の雑音,大腿動脈の脈拍の減弱,腎動脈が侵されているときは二次性高血圧,頸動脈が侵されているときは一過性脳虚血発作または脳卒中の症状,頭蓋内動脈が侵されているときは動脈瘤の症状,および,まれに,腹腔内動脈が侵されているときは腸間膜虚血の症状がみられる。

確定診断は,血管造影における,数珠状の様相(中膜又は中膜外層異形性の場合),または同心円状の帯もしくは長く滑らかな狭小化(その他の型の場合)の所見によって行う。

治療は部位によって異なる。経皮経管血管形成術,バイパス術,動脈瘤の修復術を行うこともある。禁煙は重要である。アテローム硬化の他の危険因子(高血圧,異脂肪血症,糖尿病)のコントロールは,動脈狭窄の加速的進展の予防に役立つ。

ネット上のいろんなイメージをまとめてみた。


 

2017年1月16日月曜日

握手で術前評価をするって流行しているの・・・?

最近肝胆膵の研究会(結構マニアックな会)に出席した。出席者のメンツを眺めて、なぜ小生に招待状が来たのか実に不思議だったが、普通呼ばれることのないマニアックな研究会は面白かった。

肝胆膵や食道の激しい手術では術前の栄養状態や基礎体力が手術の成功、合併症の予防、長期予後に大きく影響するのは昔も今も変わらない。その最新の考え方を教えてくれたが、これはなにも肝胆膵に限らず、一般の病気にも敷衍できる内容であったため、とても役に立つと考えられれた。

まず外来初診時の別れ際に患者さんと握手をするののだ。術前その人がどれくらい握力があるのか、それによって術前評価をするというのが最近の流行なんですって。

キーワードは以下だ。


  1. 握力
  2. 筋肉量
  3. 歩行速度
  4. サルコペニア
  5. 術後合併症
  6. プレハビリテーション

 まずサルコペニアでについて少々・・・・・

「サルコペニアとは、加齢と関連して筋肉量が低下し、筋力や身体機能の低下が起こる症候群」 と呼ばれている。「サルコが筋肉を意味」しペニアが減少」である。これが手術の成功、合併症の予防、長期予後に大きく影響すると言われている。栄養評価法にはこれまで色々あったし、王道を生き延びているものもあれば、ほそぼそと生き残っているものもあれば、消えてしまったものもある。上腕三頭筋を評価したり、プレアルブミンを評価していた時代もあったが現在ではどうなっただろう?

21世紀はサルコペニアが流行している。この評価は筋肉量の評価であるから電気的なインピーダンスを測定する機械(脂肪量を評価する体重計があるが、あの筋肉バージョン)もあれば、もっと原始的にCT断面で評価する方法もあるが、講演では体液量や炎症に影響を受けないものとして CT断面が一番良いとの評価であった。第三腰椎の下縁レベルの横断面で実際の筋肉面積を測定するのだ。













茶色の部分が筋肉である


運動能力も大事だ。どれくらいのスピードで歩けるか?あるいはどれくらいの筋力があるのか。歩行速度の測定は若い世代にはいいけど、本当のターゲットであるお年寄りはいろんな要素(例えば脳血管後遺症)があるから、体力・栄養状態を歩行速度でみるのは困難だ。

筋肉量もCT撮るとなると測定がやや煩雑。この筋肉量やサルコペニアがその人の握力には、かなりの相関があることが知られるようになり、いまや時代の最先端は「握力」なんですって。

外来で患者殿に最初にお会いしたときに握手をすることで「この患者さん、意外にいけるかも」と思ったりするのだそうだ。

実際にはちゃんとKgで評価を行い、男子で26kg女子で18kg以下だと サルコペニアを強く疑い、先に述べたCT評価に移る。













男子で握力が26kg以上あれば一定量の筋肉量があるとみなされ、これはすなわちサルコペニアがないとみなされる。そんなひとは術後経過が良好なのだとか。

逆に 男子で握力が26kg以下であれば、CTで実際の筋量を評価し、術前に栄養と運動でこの値を上げる必要があるとのこと。DPCで入院期間の短縮がうるさい時代ではあるが、こんな患者さんには術前一月くらいはあの手この手で基礎体力の底上げをはかるべしだ。

術後運動機能の急速な回復をはかることを「リハビリテーション」というが、上述術前の基礎体力の底上げをはかる試みのことを・・・

 プレハビリテーション


というのだそうだ。 


「握力」や「L3レベルでのCT筋肉量測定」や「歩行速度評価」が大事であり、必要ならば術前「プレリハビリテーション 」をしっかり行なうべし。これが21世紀の周術期管理のかなめなんですね。

成人の血球貪食症候群(HPS)

成人の血球貪食症候群(HPS)

HPS/HLH診断基準(2009年のHLH-2004改訂案)

以下のいずれかを満たせばHPS/HLHと診断される。
1. HPS/HLHまたはXLPの分子診断が得られる。
2. Aの4項目中3項目以上、Bの4項目中1項目以上を満たす。C項目はHPS/HLH診断を支持する。

A項目
1)発熱
2)脾腫
3)2系統以上の血球減少
4)肝炎様所見

B項目
1)血球貪食像
2)フェリチン上昇
3)可溶性IL-2R上昇
4)NK細胞活性の低下または消失

C項目
1)高トリグリセライド血症
2)低フィブリノゲン血症
3)低ナトリウム血症
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この 9年外来で診ていた患者さんが年末から38度後半の発熱で入院していたが、急激に容態が悪化した。血液内科に転院し診てもらったが「リンパ腫に伴った血球貪食症候群」であろうとの返事をもらった。

A項目をすべて満たし、B項目ではフェリチンが7000を超える。全身のリンパ節が腫脹しているのであれば、リンパ腫に伴った血球貪食症候群なのだろう。

90才ではあったが、12月上旬までは自家用車を自分で運転して外来受診してきていた。元気あったのになあ・・・・

2017年1月9日月曜日

気腫と病気:NEJM images

当ブログお得意の「気腫関連性疾患」である。また当ブログ恒例の日本人投稿者紹介である。しばらく投稿から離れていたので、昨年10月のものを引用する。






このブログを見ておいでの方なら腹単を見ただけで当たりがつく病態であろう。キーワードは糖尿病である。

過去の引用例

 これが一番イメージに近いかな。

Images in Clinical Medicine

Emphysematous Pyelonephritis

Yasumitsu Hirose, M.D.Hayato Kaida, M.D.
N Engl J Med 2016; 375:1671October 27, 2016

Yasumitsu Hirose, M.D.
Kurume University School of Medicine, Kurume, Japan

Hayato Kaida, M.D.
Kindai University, Osakasayama, Japan

久留米大学と近畿大学(近大?)からである。

2017年1月6日金曜日

アカラシア:初めてのPOEM症例

医者ならその病名は誰でも知っているが現実にはあまりみることがない、消化器病でそんな病気のひとつがアカラシアかもしれない。看護学校での小生の講義では食道疾患としてのアカラシアを教えるが、実は最近リアリティがなくなっているなあと感じていた。そんな病気である。かつて若い頃何人かのアカラシアでは大変苦労した覚えが苦く残る。そんな病気なのである。

 3年の長きに渡って嘔吐と嚥下困難に悩んでいるその患者さんがやってきたのは昨年夏であった。40台後半でありなにかの拍子にものを詰まらせるととても厄介で、何をしてもだめ、あとは指を入れて吐くだけとのこと。不思議なことに体重減少はないのである。まずカメラを行い次いでバリウム透視をしたが、カメラでは軽度の逆流性食道炎程度である。バリウムでは典型的なアカラシアのようだ。

この患者さんこれまで病院受診がないという。患者は余程困って来院しているのであるこんな場合。これまで薬物療法をされていないので、それなりの薬を出して二週間後に再診とした。

そしてアカラシアの現状を調べてみたが、アカラシアの世界に革命が起こっていることを知ったのですな。そうPOEMのことである。

Achalasia  A Systematic Review

JAMA. 2015;313(18):1841-1852

POEM全く知らないって、それじゃ困るじゃないか!!と非難されるそこのお方。率直にごめんなさいと反省するが、じつはこんなことはしょっちゅうです。貴方にはそんなことはありませんか?医者は死ぬまで勉強しなくてはいけないと思うから勉強は欠かさないが、濃淡は生ずる。診ることが少ない病気は自ずと迂回してしまうのである。

とはいえ専門外の病気でも診なきゃいけないのが臨床医である。大腿骨骨折の患者にSLEがあったり、鼠径ヘルニアの患者に線維筋痛症があったり、下肢の動脈閉塞症の患者に腎の巨大血管筋脂肪腫があったりすることはざら(「ざら」はオーバーですか?)だし、腹痛の患者に心筋梗塞があったり、息苦しさと身の置き所がない不定愁訴の患者が、実は解離性大動脈瘤だったりすることもあるのだ。

まことに因果な仕事である。 絶えず全方面に目配せしてあらゆる情報から遅れないように努力せよ。できるといいけどね。これは無理である。そこまではとてもとても・・・。

さてPOEMというのは2008年ころから報告され始めたアカラシアに対する内視鏡的な筋層切開治療のことである。とても評判がよろしいようである。2015年には御自ら500例をまとめた論文が出ている。 開発したのは日本人であり昭和大学横浜北部病院(現在:昭和大学豊洲病院 消化器センター)の井上 晴洋教授である。

Per-Oral Endoscopic Myotomy: A Series of 500 Patients

J Am Coll Surg. 2015 Aug;221(2):256-64

Haruhiro Inoue, MD, PhDHiroki Sato, MD, PhD,Haruo Ikeda, MD,Manabu Onimaru, MD, PhD,Chiaki Sato, MD, PhD,Hitomi Minami, MD, PhD,Hiroshi Yokomichi, BMath, MD, MPH, DPH, PhD,Yasutoshi Kobayashi, MD, MPH,Kevin L. Grimes, MD,Shin-ei Kudo, MD, PhD


 [実際の手技] POEM:Per-Oral Endoscopic Myotomy

アカラシアで細くなっている潜在的狭窄部の手前、ずいぶん口側で食道上皮を切開し上皮下に内視鏡のヘッドを潜り込ませる。そして食道の筋層を内輪筋だけ切開していくのである。外輪筋に傷をつけずに15cmに渡って内輪筋だけ切開。いつのまにか内視鏡のヘッドは食道胃接合部を超え胃の中に入り込んでいるという次第である。食道の手術や病理をおやりの方はよくわかると思うけど、食道ってそれ自体細いのよね。また外膜は極めて薄い。筋層といっても情けないくらい薄い。上皮も薄いので時々マロリーワイスのように裂けるし、ひどく嘔吐すると一挙に筋層・外膜も裂けて縦隔炎を起こす(突発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)こともある。それを知っていて外輪筋に傷をつけずに15cmに渡って内輪筋だけ切開する技術に挑んだことが凄いし、実際2008年から5年で500例のPOEM治療を行なったというのが素晴らしい。縦隔炎の合併症は一例しかないのだそうだ。


アカラシアが5年で500例も集まるという事実にまず驚く。そんなにいるの!(ちなみにアカラシアの頻度は10万人に一人といわれているから500人の背景には5000万人の人口があり、これは現在日本の人口の約半分である。大したものである) 他施設から症例が集積したのだろうが、他施設の医師が効果があると評価したからこそ急激に紹介例が増加したのだろう。数字はこの間の事態の推移を雄弁に物語っている。

この治療を行っている病院に知り合いがいたので、それとなく状況を電話で聴いてみたが、「勧めてみてもよいのでは」という。また違う大学だが食道良性疾患を専門にしている内科の教授に合う機会があったのでアカラシアとPOEMについて聞いてみたところ、「悪い話は聞かないですよ。かなりたくさんやられているようだし、合併症も聞かない。いまアカラシアならPOEMでいいんじゃないですか」と言われる。

ここまで調べてこの患者さんにこの治療のことを紹介した。
  1. 当院では食道内圧を測れないので、まず診断を確実にしてもらいましょう。
  2. いろいろな治療がありますが、いきなりPOEM治療ができる施設に紹介します。とても遠い病院を紹介することになりますけど頑張ってください。
  3. とはいえ、まず服薬になるかもしれません。バルーン拡張になるかもしれません。ボツリヌストキシン治療になるかもしれません。でもおそらくPOEM治療を勧められると思います。
  4. 3年苦しんできたのだから受診されてもいいと思いますよ。

紹介医からは、まずアカラシア診断が付いた時に丁寧な返事をいただき、それから間もなくPOEM治療は行われた。術後3ヶ月たつが全く合併症なく患者の症状は大いに軽快している。

さてこの新しい治療法であるが最初に報告されてから8年たつが日本国内でこの治療が爆発的に広がっているわけではない。もともと少ないアカラシアの患者であるから日本全国で数カ所のハイボリュームセンターがあれば充分なのだろう。ハイボリュームセンターで専門医がますます熟達していけば、新たなアカラシア患者はそこで治療してもらえばよいだろう。

POEMのことを知らなかったから恥ずかしいが、めったにこないアカラシアのこの患者さんを診療して未だにPOEMのことを知らないままで終わっていたらもっと恥ずかしい。POEMのことは患者さんに教えてもらったといっても良いくらいだ。患者さんをきっかけに教えてもらうことはいまだに極めて多い。感謝、感謝である。

今年も病気と患者さんに謙虚に寄り添って、できるだけのことをやっていこうと思った次第である。

2017年1月5日木曜日

帯状疱疹と尿閉

帯状疱疹が臀部から大腿に発現する人の中には膀胱直腸障害を併発する人がいるとは頭のなかに入っているが、実際にそのような人をみることはほとんどこれまでなかった。

先日の86才女性は右下腿の痛みと疱疹で入院してきたが、痛みが強く歩行が覚束ない。入院二日目看護師が「おしっこが出ていない」と教えてくれる。おむつにしていたのだが痕跡がないのだ。下腹部を触診するが膀胱が張っているのかどうかよくわからない。そこで導尿をすると500ml出てきた。すでに過緊張であろうから、そのままバルーンを入れた。

2日後に痛みが減り可動域が増したためバルーンを抜いたが今度は尿意がない。全くない。一週間に一回くる泌尿器科医に「もしかしてヘルペスによる膀直障害ではないでしょうね?」と診察を受けてもらうと「まず間違いなくそうでしょう。一ヶ月くらいはかかるでしょうね」と言われた。

帯状疱疹だけなら一週間の入院なのに、それから約一月半かかった。薬と導尿と膀胱の用手圧迫でなんとか一ヶ月で尿意が戻ってきたときはほっとしましたぜ。 

尿意というのは実に繊細であり、あっという間に尿意は失われていくのだ。人によっては永久に戻らず自己導尿かあるいは持続バルーン導尿となる。 

文献によると帯状疱疹後の神経因性膀胱による膀胱障害はそれほど多くはないが、数例レベルをまとめた報告が散見される。予後は比較的良いようだが、大事なのは早めに気がついてあげることだ。溜まりに溜まった尿による膀胱の過緊張状態は最悪であろう。

2017年1月4日水曜日

肝切除は腹腔鏡を勧めないという高山教授の医事新報

小生は肝胆膵腫瘍については腹腔鏡を勧めないし、紹介する場合もできるだけ腹腔鏡でやらないでください、開腹でお願いしますとこれまで申し上げてきた。どう考えてもあの血管の固まりのような臓器を手術するのに腹腔鏡は無いだろうと思っている。

当院では肝胆膵腫瘍外科はやらないのだが、それでも年間ある程度の数の患者は現れるのだ。昨年は紹介して良かったと思ったのが8割くらいであり、これらはいずれも開腹である。

腹腔鏡下肝切除については世の中の流れがよく読めないのである。昨今では学会に行くと腹腔鏡がメインなのだ。そのように見えてしまう。かつて直腸癌や食道癌が開腹開胸から腹腔鏡・胸腔鏡にコペ転したように、すでに腹腔鏡がメインと考える外科医(肝胆膵外科医)が多いのだろうか?過渡期だけによくわからないのが正直なところだった。

こういう時に信頼できると思っている医師の一言は大きい。

新年号の「医事新報」には炉辺閑話が山のように掲載されている。この中に日本大学の高山忠利教授の意見が述べられていて目を引いた。題して「腹腔鏡手術の危うさ」である。高山さんは小生のことを知らないが、小生は高山さんが国立がんセンターにいるころ何度かセミナーや術前カンファや術後病理カンファでお目にかかったことがあるので良く知っている(ような気がしてならない)。先程も書いたが考え方が信頼できると思っていた。

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その先生の書かれた「腹腔鏡下手術の危うさ」を読んで自分の感覚がまだまだ正しいのだと安心した。

一部抜粋すると

肝胆膵癌に対する腹腔鏡下手術についてコメントを求められるたび、私はいつもこう答えている。「易しい問題を敢えて難しく解いている、しかも高いコストをかけて」と。

あるいは

私に言わせれば腹腔鏡下肝切除のクオリティーは開腹に比べ格段に低く、先進的どころか後進的な状況であると思っている。
 
これだけ読めば充分であろう。

今年も肝胆膵腫瘍は腹腔鏡で行なうことに慎重な外科医を選んで紹介しようと思う。ボクが先端技術を否定するものではないのは、このブログ全般を読めばおわかりであろうが、自分のしない、できない技術については鋭敏で有りたいと思う。紹介するからには責任を取りたいと考えるからである。

いずれは腹腔鏡で行なうことに積極的になれる時代が来ることを期待してはいるのだが・・・・