しかし、ややこしい患者さんの多いこと
再生不良性貧血
■概念・定義 |
再 生不良性貧血は、末梢血で汎血球減少症があり、骨髄が低形成を示す疾患である。血球減少は必ずしもすべての血球というわけではなく、軽症例では貧血と血小 板減少だけで白血球数は正常ということもある。診断のためには、他の疾患による汎血球減少症を除外する必要がある。特に診断がまぎらわしい疾患は骨髄異形 成症候群の不応性貧血である。 大きく分けて(1)先天性の再生不良性貧血(Fanconi 貧血と呼び、種々の奇形を合併することが多い)と(2)後天性再生不良性貧血がある。後天性再生不良性貧血は一次性あるいは特発性(原因不明)と二次性 (薬剤・薬物・放射線被曝などによる)に分類される。その他、特殊型として肝炎後再生不良性貧血と発作性夜間血色素尿症(PNH)を合併するPNH−再生 不良性貧血症候群などがある。いずれも造血幹細胞の減少または質的異常による。 |
■疫学 |
臨床個人調査票を用いた2006年の解析ではわが国の患者数は約11,000人で、年間新患者発生数は100万人あたり6人前後であった。女性が男性より約1.5倍多く,年齢別には20歳代と60〜70歳代にピークがある。 |
■病因 |
造 血幹細胞が減少する機序として造血幹細胞自身の質的異常と、免疫学的機序による造血幹細胞の傷害の二つが重要と考えられている。造血幹細胞の質的異常は (1)再生不良性貧血と診断された患者の中に、細胞形態が正常であるにもかかわらず染色体異常が検出される例や、のちに骨髄異形成症候群 (myelodysplastic syndrome: MDS)・急性骨髄性白血病に移行する例があること、(2)Fanconi貧血やテロメラーゼ関連遺伝子の異常による骨髄不全のように、特定の遺伝子異常 によって再生不良性貧血を発症するモデルが存在すること、などから推測されている。 一方、免疫学 的機序による造血抑制を示唆する所見として(1)再生不良性貧血患者に一卵性双生児の健常ドナーから移植前処置無しに骨髄を移植した場合約半数にしか造血 の回復が得られないが、同種骨髄移植に準じた免疫抑制療法後に再度骨髄を移植するとほとんどの例に回復がみられる、(2)抗胸腺細胞グロブリン antithymocyte globulin(ATG)やシクロスポリンなどの免疫抑制療法が再生不良性貧血患者の約7割に奏効する、(3)再生不良性貧血のかかりやすさと特定の HLA-DRアレル(DR15)との間に相関がある、などがある。これらの他に、骨髄において抗原特異的なT細胞の増殖がみられること、造血幹細胞が高発 現している蛋白に特異的な自己抗体が高率に検出されること、などの免疫学的機序を示唆する新たな証拠が得られつつある。しかし、骨髄不全の原因となる自己 抗原はまだ同定されていない。 |
■症状 |
(1)貧血症状 |
顔色不良、息切れ、動悸、めまい、易疲労感、頭痛。 |
(2)出血傾向 |
皮膚や粘膜の点状出血、鼻出血、歯肉出血、紫斑など。重症になると血尿、性器出血、脳出血、消化管出血もある。 |
(3)発熱 |
顆粒球減少に伴う感染による。 |
■検査成績 |
(1)末梢血所見 |
赤血球、白血球、血小板のすべてが減少する。軽症例では貧血と血小板減少だけで、白血球数は正常ということもある。貧血は正球性正色素性または大球性を示し、網赤血球の増加を伴わない.白血球の減少は顆粒球減少が主体である。 |
骨髄穿刺・生検所見 |
有 核細胞数の減少、とくに幼若顆粒球・赤芽球・巨核球の著しい減少がみられる。骨髄細胞が残存している場合には赤芽球や好中球に異形成を認めることが多い。 染色体は原則として正常であるが、病的意義の明らかでない染色体異常を少数認めることがある。骨髄生検では細胞成分の占める割合が全体の30%以下に減少 している。残存する造血巣が穿刺された場合には骨髄が正形成を示すこともあるが、そのような場合でも巨核球は必ず減少している。 |
血液生化学検査所見 |
血清鉄、鉄飽和率、血中エリスロポエチン値、顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte colony-stimulating factor,G-CSF)値などが増加する。 |
骨髄シンチグラフィおよびMRI |
111Inを用いたシンチグラフィでは全身の骨髄への取込み低下がみられる。MRIのSTIR法で検索すると胸腰椎は均一な低信号となり、T1強調では高信号を示す。 |
免疫学的検査 |
感 度の高いフローサイトメトリを用いて末梢血の顆粒球、赤血球を検索するとdecay accelerating factor (DAF, CD55) 、homologous restriction factor (HRF, CD59)などのグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー膜蛋白の欠失した少数のPNH形質の血球が約6割の患者で検出される。この PNH型血球陽性例は陰性例に比べて免疫抑制療法が効きやすく、また予後も良いことが知られている。 |
■診断・鑑別診断 |
骨 髄低形成と汎血球減少を来す他の疾患を除外して初めて診断が確定される。わが国で使用されている診断基準を表1に示す。フローサイトメトリによってPNH タイプ血球の増加が検出され、かつLDH・間接ビリルビンの上昇やヘモグロビン尿などの溶血所見がみられる場合はPNHと診断する。 |
■治療 |
支持療法 |
患 者の自覚症状に応じて、ヘモグロビンを6-7g/dl以上に維持するように白血球除去赤血球を輸血する。予防的な血小板輸血は抗HLA抗体の産生を促すた め、明らかな出血傾向がなければ血小板数が1万/μl以下であっても通常輸血は行わない。好中球数が500/μl以下で感染症を併発している場合にはG- CSFを投与する。 |
造血回復を目指した治療 |
Stage1,2に対する治療(図1) |
血 球数が自然に回復することがあるので、数ヵ月は無治療で経過を観察する。自然回復がみられない場合には、血球減少の程度が軽くても早めにシクロスポリンを 一定期間投与し、効果の有無をみる。これは、罹病期間が長くなると免疫抑制療法の反応性が低下するためである。2〜3ヶ月の投与で血小板や網状赤血球の増 加が見られなかった場合には、蛋白同化ステロイドの酢酸メテノロン(プリモボラン)に切り替えるか、ネオーラルにプリモボランを追加する。血球減少が進行 し、輸血が必要となった場合には速やかにウサギATG(サイモグロブリン)療法に移行する。蛋白同化ステロイドは腎に作用してエリスロポエチンの産生を高 めると同時に、造血幹細胞に直接作用して増殖を促すとされている。 |
Stage 3以上の重症例に対する治療(図2) |
ウ サギATG(サイモグロブリン2.5〜3.5 mg/kg/日を5日間点滴)とシクロスポリンの併用療法か、40歳未満でHLA一致同胞を有する例に対しては骨髄移植を行う。ATGはヒト胸腺細胞でウ サギを免疫することによって作られた免疫グロブリン製剤である。造血幹細胞を抑制するT細胞を排除することによって造血を回復させると考えられているが、 作用機序の詳細は分かっていない。シクロスポリンとの併用により、約7割が輸血不要となるまで改善する。成人再生不良性貧血に対する非血縁者間骨髄移植後 の長期生存率は70%以下であるため、適用は免疫抑制療法の無効例に限られる。 |
■予後 |
か つては重症例の50%が半年以内に死亡するとされていた。最近では、抗生物質、G-CSF、血小板輸血などの支持療法が発達し、免疫抑制療法や骨髄移植が 発症後早期に行われるようになったため、約7割が輸血不要となるまで改善し、9割の患者が長期生存するようになっている。ただし、来院時から好中球数がゼ ロに近く、G-CSF投与後も好中球が増加しない例の予後は依然として不良である。 一部の重症例や発症後長期間を経過した例は免疫抑制療法によっても改善せず、定期的な赤血球輸血・血小板輸血が必要となる。赤血球輸血がたび重なると糖尿 病・心不全・肝障害などのヘモクロマトーシスの症状が現れる。現在では経口徐鉄薬デフェラシロクス(エクジェイド)が使用できるようになったため、鉄過剰 症の管理は容易になっている。また,免疫抑制療法により改善した長期生存例の約5〜10%がMDS、その一部が急性骨髄性白血病に移行し、約10〜15% がPNHに移行する。 |
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