2011年2月16日水曜日

「たずが回ると死ぬ」という格言

「たずが回ると死ぬ」という格言をご存知であろうか
これは日本のとある地方での有名な言い伝えであり、今でもそのことを恐れているヒトが多いのだそうだ。

これは「たず」ばあさんがやってくると、村の人々がつぎつぎと死んでいくという話ではない。「たず」というのは帯状疱疹のことなのだ。

この地方の医者から聞いたことがあるのだが、「ばあさん、こりゃあ、たずだわ」と伝えると「ひえぇー、回っとらせんかいのぉ」と答えるそうである。たずが回るというのは帯状疱疹が一周してしまうことを指す。そんなのが伝説になるのだろうか?


小生これまで帯状疱疹は極めてコンスタントに外来・入院治療してきたが、一つの単神経領域以外に症状が出た方を診たことがない。つまり「たずが回ると死ぬ」などというのはあり得ないと信じていた。都市伝説(田舎伝説か・・・)だと思っていた。

ところが先週入院してきた帯状疱疹は変わっていた。初診では右のS1領域のみに限局した帯状疱疹であり、それなりに疱疹がひどく痛みも強いので入院点滴治療を開始したのだが、翌日から疱疹が背部・胸部と広がってくる。ついには後頚部にも現れるのだ。もともと悪性リンパ腫の既往がある方であるが、寛解しており随分治療は受けていない。それでも免疫不全はあるのかもしれない。

最終的には皮膚科に診てもらい「汎発性帯状疱疹」という診断で、治療については血液内科専門家に電話で相談し、点滴量を通常の2倍量にして対処したところ速やかに疱疹の広がりは収まった。今後は悪性腫瘍等々調べなくてはいけない。

ところで「汎発性帯状疱疹」である。全く認識していない病態だった。皮膚科の教科書(北大清水教授)にはちゃんと書いてあるのだね。「今日の治療指針」には・・・皮疹の汎発化・・・とさりげなく触れてあるが、項立てはない。そこで周りに訊いてみたが、皆さんもあまり経験がないという。

余り経験がないということは、診たことがないということだ。(一回診たら覚えているはずだ)

で文献を調べてみた。帯状疱疹は極めて多い疾患のわりには「汎発性帯状疱疹」が出てくる文献は少ないようだ。

一般型でない特殊型の帯状疱疹として有名なのは
  1. ラムゼー・ハント症候群であろう。耳周りがやられ、顔面神経・内耳神経麻痺がくるやつ
  2. 角膜炎や結膜炎は気を付けなければいけない(Hutchinsonサイン:鼻背部の疱疹には気を付けなさい!そのうち目がやられる)
  3. さらにこのヘルペスウイルス感染の一方の典型例は「水痘」初感染ということになる。しかしなにせ子供のうちにほとんど感染してしまうので、大人の水痘はあまりないのだ。


この他に免疫不全状態でくると言われるのが「汎発性帯状疱疹」や「多発性帯状疱疹」と解説される。いずれも頻度は低い。
「多発性帯状疱疹」は2本以上の神経がやられるものとして文献にはでてくる。医学のあゆみに「多発性帯状疱疹」の総説があるのだが、年間500例以上の帯状疱疹を扱う東海大学皮膚科でも「多発性帯状疱疹」はこれまで一例しか記録がないそうである。東海大学皮膚科が文献を調べたところ過去20年間で「多発性帯状疱疹」は27例の報告が有るそうである。これを分類している。片側に2カ所(神経で2系統)以上、両側で対称的、非対称的等である。このうち両側例が計4例ある。そして両側対称例が2例であった。いかにも少ない。本当に希だ。

  • 多発性帯状疱疹
    小澤明
    東海大学医学部皮膚科学教室

    医学のあゆみ, 157(2) : 140, 1991
    .

そう、これらが「たずが回った」の正体のようである。文献的には極めて少ないのである。20年間に2例とか4例とかである。年間500例の大学でも過去に一例しかないというのである。やはり一般には「たずは回らない」が正解なのではないだろうか?

しかし一方で小生は言い伝えとか伝承とかいうものにこだわる性格なのである。わざわざ伝えられる(現代にまでである)ことには、すべからく意味が有ると思うのだ。であるから「たずが回ると死ぬ」には言い伝えられるだけの重み・頻度があったと思いたい。昔は「たず」が猛威をふるった時代が「この地方」にはあったということなのかね。

追記:
臨床皮膚科 63巻9号(2009.08)P.682-684


     症例報告
     多発性帯状疱疹の1例

     石川 博康 ※1 本間 りこ ※2 大本 英次郎 ※2
     ※1 山形県立中央病院皮膚科  ※2 山形県立中央病院血液内科


要約 55歳,男性.多発性骨髄腫で血液内科に入院加療中のところ,3か所の異なる神経節支配領域に帯状疱疹の発症をみた.アシクロビルの倍量投与と免疫グロブリン製剤の併用で上皮化をみたが,遅発性に神経痛が発症した.帯状疱疹はありふれた皮膚疾患であるが,多発性帯状疱疹は稀有であり,本例が国内報告第5例目である


2009年の報告(先の総説から約20年)で5例目とある。報告数の正確さはさておき「多発性」は稀であることは間違いない。


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