2011年7月20日水曜日

ザンクト・ガレン乳癌カンファレンス2011


ザンクト・ガレンとは乳癌治療の世界的なコンセンサスを作るという目的で2年に一度開かれるミーティングである。上は今年12回目のHPである。

この会合は極めて有名であるが、臨床家として気を付けておくべき事はこの会で討議される主題はあくまでも早期乳癌の初期治療」であることである。

以前小生はこの会合のことを無視は出来ないが、個人的には好まないと書いたことがある。その理由の一つは、「あまりに移り身が速すぎる」からである。速すぎてついて行けない・・・・ついて行かなければいけないのか、やや疑問でもあるしね。

さて、今回2011年のトピックは乳癌の分類であろう。分類に関する今回のコンセンサスは以前にもましてドラスティックに変わった。もう腫瘍径やリンパ節転移の程度は前面には出てこなくなったのだ。今回の目玉は簡単に言えば乳癌診療のスタートを例の「遺伝子発現プロフィル分類」もどきに分類することから始めようという提言である。luminal A、BやHER2 richあるいはBasal-likeといった分類である。

小生はSorlieやPerouの分子分類には初期から馴染みがあり、ザンクトガレンを初めとする乳癌の世界で現在言われているluminal AやBasl-likeが本来の定義からはずれたものであると再三指摘しているが、不思議なもので学会ではそんなことはどうでもいいみたいだ。

議論の出発点なのに言葉の定義が実にいい加減である。こんなことでは近い将来Oncotypeに代表される診断体系が日本の臨床に導入された時、きっとまた混乱が生ずる。




表はダブルクリックで拡大します

この混乱を防ぐにために日本の乳癌専門家が意識しておくことはただ一つ。サンクトガレン2011をまとめたAnnals of Oncologyの表を忠実に覚えておくことである
(clinico-pathological subgroupにはまったく別の名前を付けておけばよかったのだ。特にluminalについて。これはカナダのNielsenあたりに責任がありそうだな。
  1. intrinsic subtypeという言葉を使いたいときはアレイデータでやりなさい。
  2. 免染で診断するときは'  'をつけなさい。'luminal-A'というように。
  3. 通常は決してBasal-like という分類は用いないこと。(アレイデータがあるなら別) triple negativeで我慢すること。
この表とは以下のようなものだが、そこは注意深い西洋人である。きちんと区別しているではないか。しかしこれが上手く伝わっていないのだな。意識しないで誤用すると4〜5年先にはきっと第二の混乱が起こってくる。学会会場の議論の中で「貴方のluminal-Bと私のluminal-Bはどうも違っているような気がする。どのように分類したのですか?」というような無用の議論で混乱しないようにね。

'luminal-A'→日本語訳ではluminal-Aもどき。あるいはluminal-A相当などという癖をつけておいてくださいね、皆様。



表はダブルクリックで拡大します

そして治療方針である。luminal Aはホルモン単独。おっと'luminal-A'だった。この'luminal-A'という診断をつけるのに今度からはki-67を染めなければならないという。しかも量的評価を病理にお願いしなくてはいけない。なんでも15%が閾値だそうだ。ER(+)/PgR(-)/HER2(-)でki-67が20%染まっていれば細胞増殖能の盛んなluminal-Bおっとまた間違えた'luminal-B'と診断されるのだ。

それはそうとしてKi-67のQuality controlが大変だな。そんな時はNuclear Gradeで代用可能と併記されているが、そんなんでいいのか?


表はダブルクリックで拡大します

日本乳癌学会の治療ガイドラインというのがあり、これはザンクトガレン2009も参考にされた治療方針が掲載されている。そこでは乳癌を分類するにあたり解剖学的要素が重視されている。大きさ。リンパ節転移の数。細かなことを言えば腫瘍周辺の腫瘍血管のありよう等々。

これからすると2011の分類は薬物治療の原点とはいえ、大幅な改革提言である。いや薬物治療の原点ではない。これは乳癌治療のスタートとしての提言なんだろう。

外科医としての感想。いまや乳癌は外科疾患ではなくなったようだ。なくなったかのように見える。いまや乳癌に関する発言で目立つのは腫瘍内科医であり、診断放射線医であり、患者団体であり、ピンクリボンである。おとなしいのは組織病理医であり、そして外科医かも。

でも外科医がこれまで一番多く乳癌をみてきたのは間違いないのだ。学問の最先端がいきなり臨床部門に飛び込んでくる現実に戸惑いがあることはよくわかるが、分子分類とかいわれている分類も測定法が簡便な旧来の方法である限り看板が立派に見えるだけ。おそれることはない。しっかりとした勉強家に長い目で見た知識を教えてもらうことだ。日本の最先端を自認する人々でも「2009年はこの治療方針でほぼ100%のコンセンサスだったのになあ」との感想を2011年のザンクトガレンに出席して嘆息している。最先端とはそんなものなのだ。そんなもので実地臨床を荒らされたくないよな。

「アタシの癌は'luminal-A'のはずなのにどうして化学療法が追加されるのですか?」という問いに答えなければならない外科医が今の外科医である。

あるいは別の患者さんに「あなたの癌はいわゆるトリプルネガティブというタイプで・・・」というと患者さんはネットでそのことをよく知っているという時代だ。

乳癌は今後どうなっていくのだろう?

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

些細な点ですが、後半でluminalがliminalになってますよ。

サブタイプ分けの混乱についての気持ち悪さは、全くおっしゃる通りだと思います。

Epistasis さんのコメント...

匿名様

コメントありがとうございました。早速修正しております。

ザンクトガレンの新しい情報は、医師よりもむしろ患者さんのほうが先に知っていることがあり、今後説明に困ることがでてきそうです。