2012年11月2日金曜日

最近出版された「がんの教科書」良書です:様々な連想ゲーム

世の中が連想ゲームのように動いていく。そんな気がすることがときどきあるが、ここ数日はそんな気分。 

キーワードは「PIK3CA、大腸癌、Yardena Samuels、「新しいがんの教科書」、間野博行、秋の褒章」である。

 もともとは先々週の大腸癌患者の今後の化学療法の選択を考えていたことに始まる。FOLFIRI にするかZerodaが楽かもとかあれこれ。術後の病理とKrasの結果(変異あり)が帰って来た日にネットを見ると例のNEJMの「PIK3CAに変異がある大腸癌患者へのアスピリン投与は予後延長効果がある」という論文に気がついた。読んでいくとこの論文が過去30年くらいにおよぶ疫学研究、まあ今になって名付ければ「人体とアスピリン長期投与に関する研究」とでもいうか、そこから派生した研究であることがわかり、とても興味がわいたわけだ。
  1. 30年前はこうだ。「なんだか知らんがリウマチ患者は大腸癌になりにくいようだ」
  2. →20年たつとこうだ。「結局アスピリンを服用することが大腸癌発生を予防していたようだ」(COXという酵素に関係している)
  3. →30年たつとこうだ。「大腸癌の17%にはPIK3CAに変異があるが、この人達には術後アスピリン投与が再発防止に効果ある」
息の長い疫学研究というのはこんなもので、楽しいですな。 30年間「想」が移り行くとでもいうか、壮大な経過だ。そしてまだ終わっていない。これからも延々と続いていくだろう。

PIK3CAといえば2004年のサイエンスの論文であるが、実はこのころほとんど同時にイギリスのサンガー研究所からプロテイン・キナーゼ族について網羅的に突然変異を探索した論文が出た。

Nature Genetics 37, 590-592 (2005)

A screen of the complete protein kinase gene family identifies diverse patterns of somatic mutations in human breast cancer

Philip Stephens, Sarah Edkins, Helen Davies, Chris Greenman, Charles Cox, Chris Hunter, Graham Bignell, Jon Teague, Raffaella Smith, Claire Stevens, Sarah O'Meara, Adrian Parker, Patrick Tarpey, Tim Avis, Andy Barthorpe, Lisa Brackenbury, Gemma Buck, Adam Butler, Jody Clements, Jennifer Cole, Ed Dicks, Ken Edwards, Simon Forbes, Matthew Gorton, Kristian Gray, Kelly Halliday, Rachel Harrison, Katy Hills, Jonathon Hinton, David Jones, Vivienne Kosmidou, Ross Laman, Richard Lugg, Andrew Menzies, Janet Perry, Robert Petty, Keiran Raine, Rebecca Shepherd, Alexandra Small, Helen Solomon, Yvonne Stephens, Calli Tofts, Jennifer Varian, Anthony Webb, Sofie West, Sara Widaa, Andrew Yates, Francis Brasseur, Colin S Cooper, Adrienne M Flanagan, Anthony Green, Maggie Knowles, Suet Y Leung, Leendert H J Looijenga, Bruce Malkowicz, Marco A Pierotti, Bin Teh, Siu T Yuen, Andrew G Nicholson, Sunil Lakhani, Douglas F Easton, Barbara L Weber, Michael R Stratton, P Andrew Futreal and Richard Wooster

あとひとつWangという人のプロテイン・フォスファターゼ族から網羅的に突然変異を探索した論文、以上の3論文がこの当時のmilestoneであったと小生は思う。さて、サンガーの論文を本日思いだしたのは、この論文の中に極端に変異が高頻度の患者が一人紹介されていたのを思い出したからだ。これが今日の"high mutator group"に相当するのだろうな、と思った次第である。

さてさて数日前にデヴィータ「がんの分子生物学」という本を手に入れた。がんの教科書にはろくなものがないというのが小生の意見であり、最近では新しい本が出てもなかなか読む気がしなかった。数年前にペコリーノがんの分子生物学 -メカニズム・分子 …」という教科書を目にしたが、 真面目な学生さんがこれを真剣に読んでいる姿を想像するにかわいそうだと思ったことしきりである。小生にはマイスリーやレンドルミン以上に効果的な睡眠導入本である。だから、世間で評判のワインバーグの教科書も読んでいない。

今回 デヴィータ「がんの分子生物学」を手に取ったのは偶然である。ネットで買ったので「本屋で立ち読み一読興奮して・・」という類いの話ではない。偶然とはいえ、なにか縁を感じたことは感じたのだが。そこで読んでみたところ、なかなか面白い。これだけ著者が多いので、ケチを付けたくなるチャプターも多いけど、誠実に一生懸命書いている人もいる。そんな著者の一人がYardena Samuelsという人だった。Yardena Samuelsさんが書いた章はツボにはまるというか相性がよい。はばかりながら「小生と同じような捉え方をしている人がいる」と思い、正直うれしくてしょうがなかった。いったいこの人はどんな人なんだろうと検索してみると、NIHの研究者で(なんと意外なことに)女性だったのだ。(2014/6/2変更:Samuelsさんは栄転してイスラエルのWeizmann研究所の教授になっていた。写真まであるぞ。この人だ。どんな経歴なんだろうと著作をみると・・・・驚いた。こんなに驚いたことはない。

Vogelsteinのところにいた人なんだ。そして例の2004年のサイエンスの論文の筆頭著者だったのだ。小生の周りではいつも「Samuelsの論文」と言っていたな。あの小生にとって極めて印象的な論文の著者だったとはね。まったく気がつかなかったが、でもこんなことは滅多にないけど、あると嬉しいね。どおりで文章をよんでピンと来るはずだよ。

あとは全くつけたしのような話だが、この デヴィータ「がんの分子生物学」を訳したお三方のうちの一人間野博行さんが今朝のニュースで秋の叙勲を受けたということである。おめでとうございます。

以上がこの10日間の出来事なんだが、小生には面白かった。いろんなことがつながる、つながっていることを意識させられる、気がつかされる。「自分の考え方、というか、捉え方」がそんなに間違ってはなさそうであると、少しは根拠がありそうだという気になってくる。なかなか面白い10日間であった。




 

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