この論文の意義はこれまで存在したギャップを完全に埋めてしまったことです。
これで初めてゲノムプロジェクトが終了した、完了したといって良いのではないかと思う。
ゲノムプロジェクトを3段飛びに例えてみたい。
「ホップ」
ゲノムプロジェクトは米国の国家プロジェクトとして1990年に始まった。国家プロジェクトとしてのゲノムプロジェクトはゆっくり進行していったが、1995年に Craig Venterがインフルエンザ細菌の完全ゲノム配列決定に成功し、ゲノムプロジェクトに参入してからの劇的な展開はスリリングであった。当時米国でゲノム研究を行っていた小生は、リアルにその展開の渦中にいたと言っても良いが、私の意見では、ゲノムプロジェクトの真の推進役は Craig Venterである。進め方が猪突猛進であり、融和的ではない彼のスタイルが、公的プロジェクトを混乱させたことは間違いないが、当時傍で見ていた小生はVenterに肩入れしていたし、周りの研究者からはかえって評判が良かったのだ。彼のショットガン・シークエンス法は最初評判が悪く(とても洗練された方法ではないようにアカデミアには思えたのだ。超音波ソニックでDNAをバラバラにした、その断片を片っ端からシークエンスし、つないでいく)、細菌は小さいのでうまくいくが、高等生物では無理であろうの評価であった。しかし彼の戦略は優れていた。インフルエンザの次はピロリ菌であり、その次が「古細菌」であった。カール・リチャード・ウーズがrDNA(リボゾーマルDNA)による生物を3つにわける分類から細菌、古細菌、真核生物を提唱し、激しい議論が続いていた時代に、ゲノム解析で決定打を打った極めてインパクトの強い研究であった。
この頃の公的プロジェクト側の研究は本当に地味だったよ。米国と英国がお金を集める算段にいかに苦労したか、そんな話題ばかりだった。 Craig Venterがどんどん面白い成果をだしてくるので、公的プロジェクト側がうかうかしておられず、遅ればせながら、どんどん研究が加速するようになったというのが真相だと思います。
2000年にはドラフト版が完成し、米国大統領クリントンと英国首相ブレアがその成功を世界に喧伝した。公的プロジェクト側は Nature1冊をすべて使って、その成果を公表し、一方セレラ側はScienceにその成果を発表した。
「ステップ」
その後、遺伝子領域については配列データは洗練を極め、2013年に「参照配列」といわれる配列データが発表されたのが「ステップ」であろう。
しかし、この段階のゲノムデータは穴だらけだった。シークエンスが困難な反復配列が山のようにあり、特にセントロメア周辺は、従来のシークエンス法では攻略不可能であった。一方で、発現遺伝子(蛋白になる遺伝子)についてはほぼ全てが網羅されているから、良いではないかという意見もあったはず。小生は全く満足していなかった。セントロメアやテロメアがどんな構造をしているのか、この近傍に知られていない発現遺伝子があるのではないか・・・・
「ジャンプ」
そして2022年である。今回一分子シークエンス技術が実用に耐える時代を迎え、超ロング・シークエンス(10万塩基を延々とシークエンスする技術)が可能となって、初めて巨大な反復配列をカバーすることができたのである。
1)セントロメアにあるアルフォイド配列
2)400単位はあるというrDNA
(リボゾームDNA配列)
3)segmental duplication
ヒト・ゲノム総延長は3,054,815,472塩基なんですって。ギャップは"0"ゼロである。蛋白発現遺伝子の総数はこれまでより99個増えて、総数19,959個となった。ほぼ30年かかってここまで来たのである。私は本当に感激しているのです。論文を読み込んでいくのが楽しみだ。
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