2014年1月7日火曜日

上肢の深部静脈血栓症について

昨日、あまり見たことのない上肢深部静脈血栓症の初診例に遭遇した。発症から16時間であり、左手がパンパンに腫れている。腋窩も腫れている。臨床的特徴だけメモしておく。 
  1. この方病歴を良く聞くと発症時刻がほぼ同定できる。昨夜の18時である。丁度お風呂に入ろうとして、服を脱いでいるときに異常に気が付いたとのこと。
  2. その異常とは「左上肢全体の痛み」である。程なく左上肢全体の色調が「黒く」なったと妻は言う。
  3. 夜半にかけて、左上肢は明らかに腫脹してきた。痛みは安静時痛である。
  4. 明け方 左手の付け根が腫脹し、痛くてたまらない。全体にしびれている。
  5. 朝方当院外来へ。内科ドクターの診察の後、小生ブースに相談。
  6. 見た目明らかに左右差のある左上肢が暗赤色とまではいかないが、蜂窩織炎と見まごうばかりに腫脹している。
  7. 左腋窩が特徴的。たっぷんたっぷんに腫れてる。リンパ液でも多量に漏れているかのよう。出血か? 
  8. 脈は正常。血圧左右差なし。SPo2も左右差なく96程度。
  9. 血圧測定のためのマンシェットを巻くと、左手にかなりの激痛がある。

というわけで、急性の血管障害(特に灌流障害)を疑い直ちに血管外科へ紹介したところ、左鎖骨下静脈に及ぶかなり広範な深部静脈血栓症と診断され、そのまま入院加療となった次第。

上肢のDVTなんてあるんだね。ちと驚いた次第である。 この患者で私が気になったのは発症時刻である。やはりacute onsetでは余程のことが起こっているのである。




上肢の深部静脈血栓症について
Deep-Vein Thrombosis of the Upper Extremities
N Engl J Med 364;9 861-869



Clinical Practice
Deep-Vein Thrombosis of the Upper Extremities
Nils Kucher, M.D.
N Engl J Med 2011; 364:861-869 March 3, 2011

静脈血栓症のうち、10%を占める。
発生率は1万人あたり0.4~1.0人
原発性(20%)と二次性(80%%)に分かれる。原発性にはPAget-Scheostter syndromeも含まれる。

下肢の静脈血栓症と比較して
・若年男性に多い。
・担癌患者に多い。
512人のPtの内38%に癌があった。
・カテーテル療法、ペースメーカー、除細動後に多い
といった特徴があり、逆に遺伝性の血栓形成症には少ない。

症状:discomfort, pain, paresthesias, weakness in the arm  浮腫、色調の変化も典型的な症状

診断:Dダイマーは低ければ除外診断には使えるが、高い場合はあまり有用ではない。 エコー所見がもっともよい。感度97%、特異度96%

管理:カテーテルに関連した血栓症であっても、カテーテルの抜去については必ずしも必要ではない。
低分子ヘパリンが治療成績として最もよい。治療は少なくとも5日間は継続。血栓溶解も有効であるとする研究もあるが、ヘパリン単独と比較して再発やPEのリスクを減らしたという報告はない。 
ステントは再発率を上昇させるため使用すべきではない。外科治療も静脈開存のリスクを上昇させるため賛否両論である。長期的な管理では、ワーファリンを3ヶ月以上投与することが有効

 Am J Med. 2007 Aug;120(8):678-84

上 肢にも深部静脈血栓症って発症するんですね、恥ずかしながら知りませんでした。Pub Medで検索すると1000件以上ヒットしてびっくり。下肢の深部静脈血栓症のみならず、上肢の深部静脈血栓症もこの10年間で急増しているそうなのです が、リスクファクターや治療の現状など詳しいことはあまり研究されていないようです。

この研究ではウスター病院(人口478000人)における1999年のメディカルレコードを調査し、深部静脈血栓症あるいはその可能性があると診断されたもの(上肢、下肢とも)をピックアップして調査、それぞれを比較検討してます。

年 齢で調整した罹患率は上肢では16/10万人、下肢91/10万人でやはり下肢の静脈血栓症の方が多いようです。疫学的には上肢の静脈血栓症の方が、年齢 が比較的若く、BMIが小さい人に比較的多い、最近手術や入院をした人に多いなどの傾向が見られたようです。まあ、詳しいことは論文を読んでみてくださ い。

その中で目を引いたのが、最近中心静脈を入れた患者さんに上肢深部静脈血栓症が多いと言うこと。抹消から中心静脈に留置するタイプの カテーテルならばそういうこともあるだろうと思うのですが、それだけでなく内頸静脈や鎖骨下静脈から留置された患者さんでも同じぐらいの頻度で発症してい るのが印象的でした。誰かが、「そういえば、ICUでCVを入れている患者さんがたまに腕が腫れたりすることがあるなあ…」なんて言ってました。

上肢深部静脈血栓症と診断された患者さん69人のうち、43人が中心静脈カテーテルを挿入されていたと言う結果。怖いですね。

ただ、どのような治療が行われたかを見てみると、積極的な治療を受けている人はあまりおらず、ヘパリンやワーファリンの投与を受けた人の割合も下肢の深部静脈血栓症に比べて有意に低い、ということでした。

というのも、上肢の深部静脈血栓症はあまり重篤な肺塞栓症を起こすことが少ないらしく下肢では15%ほどが肺塞栓症を発症するのに対し、上肢では1-2%程度とのこと。とはいえ、全く起こさないわけではないのでこれからも研究が必要とか何とか…。

後期研修医の抄読会だったのですが、他の先生方もあまりご存知なかったようで、みんなの食いつきはかなりのものでした。どうやって探してきたのか知らないけど、やるな~。僕も次は頑張るぞ、と。

太田覚史,山田典一,石倉 健,太田雅弘,矢津卓宏,中村真潮,井阪直樹,中野 赳 
三重大学 医学部 第一内科
日本脈管学会雑誌より



【背景】上肢深部静脈血栓症は深部静脈血栓症の約 3.3~5% 程度と言われる稀な疾患であり,その治療方針については依然確立したものがないのが現状である。今回,我々は当施設において経験した上肢深部静脈血栓症患 者に対する血管内治療の経過を若干の考察を交えて報告する。
【対象】上肢腫脹,疼痛を主訴に来院した上肢深部静脈血栓症の 3 例(平均年齢 31.7±4.5 歳,左側 1 例,右側 2 例,原因:Paget-Schroetter 症候群 2 例,中心静脈カテーテル留置 1 例,うち 2 例に急性肺血栓塞栓症を合併)。
【方法】全例に対して上大静脈に一時留置型下大静脈フィルターを留置した後に,カテーテル血栓溶解療法を試みた。血栓溶解 剤はウロキナーゼを使用し,総投与量は平均 272±27 万単位であった。慢性期にはワーファリンによる抗凝固療法を行った。
【結果】全例で静脈血栓の完全溶解と共に血流再開が得られた。Paget- Schroetter 症候群の 2 例では鎖骨下静脈の高度狭窄病変の残存を認めたため,経皮的バルーン静脈形成術を行い,十分な拡張が得られた。平均 24 ヶ月間の追跡調査では全例開存が維持されていた。上肢深部静脈血栓症に対して,カテーテル血栓溶解療法が有効であった。また,一時留置型下大静脈フィル ターの併用にて治療に伴う急性肺血栓塞栓症の発生を予防できた。 Paget-Schrotter 症候群による上肢深部静脈血栓症の場合には,血栓溶解が得られた後の残存静脈狭窄病変に対して,経皮的バルーン静脈形成術が拡張に効果的であった。慢性期 抗凝固療法継続にて長期開存が得られた。

パジェット・シュレッター症候群   Paget-Schroetter syndrome


【英】: Paget-Schroetter syndrome
同義語: 労作性血栓症  effort thrombosis
本文: Pagetが右腋窩静脈血栓性閉塞例を報告し(1875),Schroetterが上肢労作によると考えられる右上肢静脈血栓例を報告した(1884). 以来,利き腕上肢の過外転,過激な運動によって鎖骨下,腋窩静脈が内膜損傷を受けて血栓性閉塞をきたす疾患をPaget-Schroetter症候群,あ るいは労作性血栓症という.原因〕 利き腕上肢の過激な労作のほか,外傷,感染,血液凝固亢進,腫瘤による圧迫,静脈炎などが考えられているが不明な点が多い.〔症状・診断〕 若年の活動的男子の利き腕上肢に好発する.上肢の浮腫,チアノーゼ,労作時鈍痛をきたす.副血行路の形成により,数日ないし数週で軽快することが多い.上 肢静脈造影で確診される.〔治療〕 発症後10日以内であれば血栓除去術を行う.慢性期では抗凝固薬,血小板凝集阻止薬の長期投与が試みられるが著明な効果は期待できない(Sir James Pagetはイギリスの外科医,1814-1899;Leopold von Schroetterはオーストリアの喉頭科医,1837-1908).
北里研究所病院外科
末廣有希子,金田 宗久,首村 智久
大作 昌義,浅沼 史樹,上里 一雄
宮川  健,山田 好則

 今回われわれは比較的まれなPaget-Schroetter症候群(原発性鎖骨下静脈血栓症)の 1 例を経験したので自験例を報告するとともに本邦報告例94例について検討した.症例は47歳男性.気管支喘息,2 型糖尿病のため当院内科にてフォローアップされていた.2004年 9 月26日,体操をしている際,上肢外転の動作後に,突然右上肢に疼痛,腫脹が出現し,当院来院した.上肢MRvenography,超音波検査にて,右鎖骨下静脈の完全閉塞を認めたため,臨床症状及び経過よりPaget-Schroetter症候群と診断した.ウロキナーゼ,ヘパリンによる抗凝固及び血栓溶解療法にて症状は徐々に軽快し,その後の上肢MRvenographyにて右鎖骨下静脈の再開通を認め,現在抗血小板剤内服にて外来経過観察中である. 本症例では,体操中上肢外転運動が誘因となって発症したと考えられた.重度の気管支喘息を合併しており造影剤の使用にリスクを伴うため静脈造影を実施できなかった.また同様の理由でウロキナーゼのカテーテルによる局所投与も施行できず,全身投与を施行し,症状の改善を認めている.Paget- Schroetter症候群は比較的まれな疾患であり,本邦では検索しえた限り自験例を含め94例報告されている.平均35.7歳の血栓性素因のない比較的若年に発症し,男性74例,女性20例であった.上肢の症状に限局した症例ではほぼ全例で保存的療法による症状の軽快を認めている.肺塞栓合併例は10 例の報告があり,保存的療法のみでは反復するため,外科的療法(血栓除去術,胸郭出口の減圧術,バイパス,IVR等)が施行されている.治療法については 一定のコンセンサスが得られていない現状では,まず保存的療法を行い,それによって症状の改善を認めない症例や肺塞栓を合併する症例に対しては年齢や社会 的因子を考慮した上で外科的療法を検討するのが望ましいと考えられた.

日本血管外科学会雑誌より 

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