がんゲノム研究から学んだこと(7):Cell 誌 Eric Landerの総説
癌ゲノム学の次なる課題
知識を応用すること:診断学と治療学
がんのゲノム研究が真に役に立つものになりうるかどうかは、それががんの診断と治療を向上させるかどうかにかかっている。
大規模研究施設はすでに第1世代のゲノム知見をがん治療戦略に取り入れている(Dias-Santagata
et al., 2010;
MacConaill
et al., 2009; Thomas et al., 2007; Wagle
et al.,
2012) 。この知的基盤には数百個におよぶがん関連遺伝子変異リストを用いた検査および、限られたがん関連遺伝子が対象ではあるが、これらを完全にシークエンスすることなどが含まれている。初期研究によると固形癌の40%から60%の症例では治療戦略に決定的な、あるいは特定の治療試験へ参加できるかどうかを決める少なくとも一つの遺伝子変異情報が絞りこめるようになった。シークエンス費用が下がるにつれ、診断学は全エクソームから全ゲノムシークエンスへ焦点を向けた。科学データがたゆまなく変化していくなかで、冗長なデータを洗練させ、オンコロジストへうまく情報を伝えることが次なる課題となるであろう。最終的には、ゲノム解析が癌治療の標準手段の一つの柱となっていくことであろう。
臨床研究をデザインし実行しその結果を解釈する上で癌ゲノム学が中心的役割を果たすことになると予想される。研究者達は過去の臨床研究を評価するために、すでにゲノム情報を充分活用し始めている。最近では「例外的症例」におけるゲノムシークエンス情報への興味が拡大してきている。「例外的症例」とは抗癌剤に極めて良く反応し、腫瘍が完全に消失してしまったような症例をいう。膀胱癌の一例を紹介すると、エベロリスムス(TOR抑制薬である)で完全に消失した膀胱癌症例をゲノムシークエンスしたところ、2つの遺伝子(TSC1
and NF2)変異がTORシグナルに影響を与えることが見出された(Iyer
et al., 2012)。別のエベロリスムス治療症例をシークエンスしたところTSC1変異が抗癌剤反応性に関係していることがわかった。ゲノム情報を治療前に用いることになると臨床試験のデザインが根本的に変わることになる。がんの治療研究では伝統的に組織学的分類を基盤に患者の層別化が行われてきた。しかしながら、遺伝子情報をもとに同じ遺伝子情報を持つ患者同士でグループ化を行う方がより重要で有益であると考えられるようになった。そうすることでサンプルサイズを小さくでき、費用を低減化できるし、さらには患者への副反応を低く抑えることが可能だ。臨床治験の中には、ある特定の遺伝子変異を持つ、臓器を超えた幅広い様々な癌患者群を対象群とすることも合理的である可能性が出てくる。スローン・ケタリングがんセンター主体の臨床治験の例では、BRAF
v600変異を持ちRAFかMEK抑制剤で治療された大腸癌、甲状腺癌、肺癌等々が対象となった。さらには最新の治験では多種類の薬剤やその組み合わせを一気に同時に調べるというデザインも始まっている。この「ゴミ箱」治験では患者はその遺伝子プロフィルによって各種治療グループに割り当てられていく。「ゴミ箱」治験ではまた、「適応デザイン」という手法も用いられ、治験の途中である遺伝子変異が薬剤感受性に関与する可能性が見出されると、治験が走っている最中にデザイン変更を可能にするのである。また治験中に患者サンプルを次々に系時的に採取解析することで、その治療の薬理学的ダイナミクスを評価できると共に治療抵抗性の機構がいかに生じてくるか解析することもまた可能である。遺伝子型にしたがって患者を類別するための世界的規模のいわば「手形交換所(全世界的治験センター)」を作ることも有効であろう。これはたとえば極めて稀な遺伝的特徴を持つ腫瘍への治療反応性を評価するために必要な莫大な数の対象患者を集めるのに有効である。
抗ガン剤の発見のために、すでにゲノム研究の治験が用いられている。変異遺伝子産物そのものが、ある種の腫瘍では薬剤ターゲットとなる。しかし多くの突然変異は癌細胞の脆弱さの原因となることが多く、それゆえ機能的ゲノム研究によって見出されることが多い。様々な変異を併せ持つ非常に多くの細胞株をRNAiでスクリーニングすることにより発見されるのである。特異薬の創成とは別に、がんゲノム学の知見は癌治療にとって重要な多剤併用療法にとっても極めて重要になっていく。多くの腫瘍では単剤治療ではやがて効果がなくなっていく。BRAF変異メラノーマにRAF/
MEK抑制剤を使用すると素晴らしい効果を認めるが、多くは一年以内に再発する。治療抵抗性については多くの遺伝学的機序が知られている。すなわちNRAS変異によるもの、COT/MAP3K8遺伝子コピー数増加、BRAF遺伝子増幅、MEK1遺伝子の活性型変異、NF1遺伝子の欠失などがこれまで報告されてきたが、これらは治療薬剤に曝露される環境ではMAPキナーゼ(ERK)活性を恒常的に上昇させるのである。以上の事実はRAF/MEK
抑制薬にERK抑制剤を加えた治療レジメンの可能性を示唆するのである。きめの細やかな前臨床試験を組み合わせることで抵抗性が生じる機序の解明が期待出来るし、臨床家にとっては実際に薬が効かなくなるはるか手前で新たな治療戦略を練り直す機会となるだろう。RNAi による抑制とORF 強制発現の実験系を用いた最近の大規模研究ではメラノーマでのRAF抑制薬が効かなくなることに関連する遺伝子が発見された。この結果は実際の臨床例でも確認することができた。がんの周辺に存在する間質細胞を調べた研究もあり、癌治療の抵抗性に関与する分泌因子に注目することでHGF
(Hepatocyte Growth Factor)がRAF抑制薬の抵抗性に関与することを明らかにした。以上紹介したアプローチは単剤治療トライアルが終了する前に多剤併用によるレジメンを合理的に考案するきかっけになり得るのである。
最後に多剤併用療法は治療抵抗性が生じる可能性を変化させる。楽観的に見て良い理由もある。数学的モデルが示唆するところによれば、治療抵抗性は多くの場合腫瘍細胞にすでに存在する突然変異に依存するということである。もしそうであるなら、再発を予防するためには、再発に繋がる様々な突然変異に対応する薬剤を一挙に同時に使用することが必要であり、そのような多剤併用により抵抗性の生じる可能性が極めて小さくすることができるはずである。これはHIV治療における三剤同時併用療法の基盤となる考え方と一緒である。
つまるところ癌のゲノム遺伝学は合理的な多剤併用療法の組み合わせを選択するために必須の詳細なロードマップを提供することを目指さなくてはいけないのである
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