2022年8月9日火曜日

今夏のコロナについて

 毎日おびただしい数のコロナPCR陽性者が報告され続けている。病棟を持つ病院が今夏こまっていることを列挙すると・・・

  1. 入院予定だった患者の前方病院がコロナ陽性となり、入院不可となる。
  2. 転院予定だった患者の後方(前方)病院がコロナ陽性となり、転院不可となる。
  3. 入院・転院予定日にスタッフが発熱し、検査結果がわかるまで入転退院を中断するが、再開時には、相手先にコロナ関連不都合が生じる。
  4. 退院・退所先の施設がコロナ感染となり、移動中止となる
  5. 退院先の自宅にコロナ陽性者が発生し、退院不可となる。

以上であり、身動きが取れない。我が病院は稼働率が下がって経営が難しくなります。


 ☆☆☆☆☆☆☆ 閑話休題 ☆☆☆☆☆☆☆☆

今のコロナ陽性者は、あまりに多すぎて皆さん実感が湧いていないらしく、次のような数字がマスコミに出てくることはないのだが・・・・・

 2020年(最初の年)の年間陽性者総数は23万人

 2021年(昨年)の年間陽性者総数は148万人

 2022年(本年)のこれまでの陽性者総数は1200万人となる。

昨今の一日の陽性者数は最初の年の一年分、一週間の陽性者数が去年の一年分に相当する。

大雑把にいって、我々の周辺には2020年の300倍、2021年の50倍程度の陽性者がいることになる。もちろんBA5は感染力高いけど、これだけの密度の感染者が周囲にいれば、そりゃ感染機会は増えようってもんだ。

早く飽和して、一気に低下して欲しいものである。ピークが8月6日ころではなかったかという話もあるが、そうであればありがたい。

2022年8月5日金曜日

発熱外来を中断したことについて

「発熱外来」について小生の、限られてはいるがしかし「リアル」、を述べておこう。

小生の勤務する病院では「発熱外来」を極めて真面目に行ってきた。その「発熱外来」の患者数がにわかに増えてきたのは6月23日のことであった。それ以来、毎日朝9時から夕方までやっていた外来を夜まで伸ばし、最後の患者の処置を終えるのは22時位になったのである。患者の殆どは予約であるが、朝9時過ぎにはその日の夜までの予約が埋まる。飛び込みも診るし、家族連れも診るので、患者数はかなりの数にのぼる。それでも予約にあぶれた患者からはときに罵声を浴びせかけられるのである。まあわからんでもないがね。

7月に入って「周りのクリニックが発熱外来をやめたから・・・」という声を聞くようになった。7月の20日を過ぎた頃からは、行政区をはるかに超えた遠方から患者が訪れるようになった。 

 我が病院では「発熱外来」は医師全員が平等に持ち回りでみることにしている。外科・整形外科医も診るし、内視鏡医も緩和ケア医も例外なく週一回程度は診ている。そんな医師のなかに陽性者が出だした(発熱外来で感染したわけではない。家族からの感染である)のはそのころからである。また看護師の陽性者も急に増えてきた。もともと経営上、外来看護婦数に余裕など殆どもたせていない。救急も夜間時間外も診なくてはいけない。

 ついに力尽きたのは昨日である。金曜日・土曜日の二日間だけ昼間の発熱外来をストップすることにしたのである。 このコロナ禍のなか、おそらく当院のような病院・クリニックが現状ほとんどではないのではないかと思う。これからお盆にかけての「発熱外来」はこれまでのようにはいかない。「発熱外来」を担ってきた多くの病院は、現在おそらく従業員の10%内外の欠勤者をかかえているはずである。この人達が現場に復帰するのはお盆のころである。(新しい欠勤者もふえるであろうし)

 本当にピークが今週であれば良いと思う。来週以降が不安である。それでも元気で頑張らないといけません。病棟にはコロナ以外の病気で入院している人たちが待っているし。

2022年7月3日日曜日

免疫チェックポイント阻害薬による直腸癌の完全奏功

免疫チェックポイント阻害薬による直腸癌の完全奏功なんて表題を付けてよいものか?













ちょっと驚きの報告がスローンケタリングから出た。免疫チェックポイント阻害薬は現在8種類が上梓されている(下記リスト)。日本では6種類。抗CTLAが一つ、抗PD−1が4種類、抗PD-L1が3種類である。下記リストで最後の8番目の抗体が、今回の主役ドスタルリマブ(ジェメリル)である。読み方はWikipediaを参考にしました。まだ日本では承認されていないが、非常に興味深い抗体である。使いたい患者どのが二人いるのだ、外来に。

もともと免疫原性の強い癌として昔から悪性黒色腫や腎癌が知られており、古典的な免疫治療ではこれらの癌には比較的新規治療が効くために、しばしば標的臓器とされてきたが、この10年の免疫チェックポイントの時代になっても、最初のターゲット臓器は変わらず悪性黒色腫や腎癌である。下記のリストでもご多分にもれずである。





ミスマッチ修復遺伝子異常はもともと大腸菌による古典的で重厚なDNA合成修復酵素生化学の歴史と、分子遺伝学的癌研究が交差して生まれた概念である。ヒト癌研究では初めの頃は癌遺伝子ハンティングのマーカーとしての(CA)リピート多形研究や神経難病であるハンチントン舞踏病の研究途上で明らかになったトリプレット反復異常症の研究から派生して発見されたMLH1,MSH1,MSH5 PMS2といった修復遺伝子の異常が、次第に独特の発がんグループを形成することが知られるようになり、やがてひとつの独立したentityを形成するようになった。大腸がんではLynch症候群に類する疾患群である。大腸癌の10〜15%は修復遺伝子異常が原因であるミスマッチ修復遺伝子異常を伴うがゆえに、遺伝子変異を高頻度に起こす。おそらく免疫ターゲットになるネオアンチゲンが多数創出されることで、通常の大腸がんよりも免疫治療のターゲットになりやすいとされる。

で、今回のNEJMである。この遺伝子サブタイプの直腸癌12名に9回のドスタルリマブ(ジェメリル)単独治療(6ヶ月)を行ったところ、それだけで腫瘍の臨床的完全奏功をきたしたという報告である。追加の化学療法や手術切除療法も不要であるとの判断である。

これが本当なら素晴らしい治療効果である。ちょっと信じがたいが、NEJMでありスローンからの報告である。100%なんだよ!






2022年6月4日土曜日

NEJMより:進行膵がんへの遺伝子改変T細胞免疫療法

最近 e-journalへのアクセスが容易になったためか、いろんな雑誌をザッピングしている。今朝はNEJMを見ていたが、その中に異例の「症例報告」が掲載されていた。







こんな感じである。ネオアンチゲンとTCR改変リンパ球による進行膵癌治療であるが、「ありふれた」「一見よくあるタイプ」の報告である。でも画面が「読め!」と迫ってくる。なぜか「読まないといけない」と迫ってくる。

で、読みました。こんな論文を読むのは実は10年以上ぶりである。変異RASの二ヶ所をターゲットにした HLA拘束性の T-cellが主役となる。

患者は68才で4.5cmの膵頭部がんを発症。 FORFILINOX治療と膵頭十二指腸切除を受け、リンパ節は2 / 21が転移陽性。病理は低分化膵癌であった。術後4回FORFILINOXおよび放射線治療50.4Gy(+カペシタビン)を受けた。術後一年で肺に5個の転移。その後両肺転移となったが、一方腹部に再発所見なく、更にはこの間無症状であった。

二年後彼女はピッツバーグ大学でTIL免疫治療(本人の腫瘍浸潤リンパ球を採取し、体外で加工し、再度体内に投与)に参加するも、効果なし。2021年術後3年目にNCIに治療拠点を移し、HLA拘束性の T-cell治療を受けることになる。

彼女の膵癌の分子プロフィルは
  1. PD-L tumor proportion score of less than 1%
  2. KRAS c.35G→A (p.G12D)
  3. a c.451C→T (p.P151S) variant in TP53
  4. a c.172C→T (p.R58*) variant in CDKN2A
  5. ROS1 c6214C→T (p.R2072W
  6. a microsatellite-stable tumor
  7. a tumor mutational burden of 8.9 mutations per megabase
  8. no detectable copy-number variations or gene fusions. 
そして末梢血のリンパ球タイプがHLA-C*08:02.であった。

方法論は15年くらい前と変わらないが、そのプロトコール・登場人物が多彩である。(小生がこの10年を知らないだけです。勉強不足なのです。)

治療前の外来で採血され分離されたリンパ球に対しvitroで遺伝子導入を行い、細胞を10の9乗レベルに増やしておく。

さて治療一週間前に入院した彼女は術前検査を受けるが、CTでは16個の肺転移を認めた。このうち右の15mm左の17mmの二個がRECIST評価の治療効果ターゲットとなる。6日前に前治療としてIL6とシクロフォスファミド治療を受ける。

当日14.8 x 10e9細胞(総量199ml)を33分かけて点滴された。

術後1〜3日はIL2を追加投与され、術後11日に自宅退院となった。

効果は6ヶ月後でRECIST評価(OPR76%:上記CT参照)

興味深いのは単回治療(退院後は無治療)にもかかわらず、6ヶ月後末梢血T細胞のうち、2%が遺伝子改変T細胞であるということ。しっかり宿主の造血システムに乗っかているようだ。


素晴らしい!の一言である。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

途中で気がついたのだが、この治療研究を指導しているのはなんとSA. Rosenberg博士だった。まだ現役なんだ。小生がIL-2の臨床研究を行っていた1990年台からRosenbergはこの世界の主導者だったけど、いまだ最前線という事実に驚いた。彼がNCIの外科主任になったのは


1974年なのだ。この履歴(本日のNCIのもの)では「それ以来、本日までそのポジションにある」と記述されているから、50年近くになるということだ。アメリカには、何人かこのような立派な研究者がいるが、まったく素晴らしい。しかし、小生にこの論文を読めと迫ってきた「なにか」が恐ろしい。本当に遺伝子改変リンパ球の論文なんか10年以上読んだことないのに(まあ、この領域には一種の諦めがあったから・・というのが本当のところである。)

僕は20年前この領域を研究していた昔の同僚(今はおそらく研究者としては引退している)たちに、この論文を配ってみたい。中身については「免疫もちょっとは有効かもしれないね」という反応がほとんどだろう。かつて本職だったヒトほど、臨床免疫が絶望的だった時代に傷ついている。しかし、かのRosenberg先生が、これほどまだ頑張っていることを知れば感激することだろう。配って、感想が聞きたいな。










 

2022年5月14日土曜日

コロナ対策に役立つホームページ: 2年ぶりに更新

 コロナ対策に役立つホームページ

新型コロナが出現してほぼ2年5ヶ月がたつが、この間様々なホームページ(HP)が立ち上がった。


世の中の皆さんはどこを参考に日々を過ごしておられるのだろうか?

私が毎日定点観測をするHPは数箇所であるが、これを掲げておこう。これ以外に優れたHPがあれば教えてもらえるとありがたいと思います。
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という記事を投稿して二年たつ。この間、自分が仕事で参考にするホームページを更新してみよう。
前回と変わったような、変わっていないような。
世界の動きは二箇所
1.  Financial TimesのHP
ここは知らない方が多いのではないか? このHPは小生の最も好むHPです。こんなHPをよく作れるものだと感心する。リタラシーが高いよなあ。私は3月中途から欠かさず毎日見続けている。
と前回書いたが、二年たちやはり参考にし続けている。定点観測としては、ここが最も参考になる。ワクチンの接種進行状況や国別罹患状況などやはり大したHPである。
かつて参考にしていたJohns Hopkinshttps://coronavirus.jhu.edu/map.html)や新型コロナウイルス感染速報 (https://covid-2019.live/)、東洋経済新聞https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/)、は今では殆ど見ない。
2.  World Meter : Corona Virus(https://www.worldometers.info/coronavirus)
国別の最新情報を一度に見たいときはここだ。一年以上参考にしている。米国やドイツの動きなどなど、リアルにわかる。

国内情報は3箇所
これは公的な情報がありがたい。
1.  小生居住区の県庁のHPはかなりの優れものだと思う。
2.  厚労省のアドバイザリーボードの発表資料
毎週月曜日の夜に公表される。生情報の羅列であり、洗練とはほど遠いが、かえってリアル。時々珠玉のデータが交じる。
忘れてはいけないのが


3.  NPO法人日本ECMOnet:COVID-19 重症患者状況の集計




である。感染が始まった頃から、ここの集計表は本当に誠実に書き換えられているし、全国の重症患者の動きが優れてよく分かる。誰がやっているのだろうと思いますが、感謝します。
時々でてくる「ECMO」の救命率の進歩などのコラムが楽しみである。

大御所たちの珠玉のレポート

   コロナ禍を科学者として、広い視野から概説してくれるありがたいレポートです。
   月イチの頻度でレポートがでます。楽しみにしています。

   国会議員の古川さんの「コロナ白書」である。網羅的であり、これまで6回くらい書き換えられた。二年前の6月に最初の版が出たときは40ページだったものが、最近の版は1200ページもある。世界の中でも希な、包括的レポートであろう。文書通信交通滞在費はこういう使い方をしてほしい。素晴らしいが、一読拝見とはいかない(なにしろ量が膨大)。参考文献を探しに行くのに最適である。国会議員でこの「白書」を更新されていることに敬意を表する。
   
   以前ほどの勢いがなくなったのは残念ですが、それでも上記お二人のレポート更新時には、きちんと報告してくれるので助かります。


これ以外にご存じの方があれば、ぜひお教えいただければ幸いです。




2022年5月7日土曜日

今回の発表6論文の概説:教科書が書き換えられる内容です。

今回のScienceの発表では論文が6篇同時公開されている。一冊丸ごとゲノムプロジェクトに捧げた2000年の「ホップ」ステージの Nature論文(発表は2001年)に比べると随分地味であるが、これもこの22年間の学問の進化と成熟を示すものだろう。世間的なインパクトは地味ですし。

さてこの6編であるが先頭から

  1. Epigenetic patterns in a complete human genome

  2. Segmental duplications and their variation in a complete human genome

  3. From telomere to telomere: The transcriptional and epigenetic state of human repeat elements

  4. A complete reference genome improves analysis of human genetic variation

  5. Complete genomic and epigenetic maps of human centromeres

  6. The complete sequence of a human genome

この6編を概説する能力は小生にはないが、それでもそのそれぞれにおける個人的興味・観点を述べることはできる。では先頭から順番にたどっていこう。

  1. これまで明らかでなかった領域、セントロメアや様々な反復領域のメチーレーションmapを作ったこと。6人の個別ゲノムパターンや臓器別パターンを示す。

  2. ヒトゲノムは二倍体であるが、更に個別の遺伝子については多倍体があることが知られている。パラログ・オルソログなどで知られる3番目、4番目のコピーは比較的最近多倍体化したといわれているが、その中でも「分節的重複」とでも訳すのであろうか「Segmental Duplication(SD)」が今回41528個カタログ化された。その分布概観が報告されている。

  3. ゲノムの 16%はLINE、10%は SINE(Alu)なる反復配列が占める。ショットガンで局所的ゲノム・シークエンスを試みるレベルでも、これら配列に悩まされる。それほど数と頻度がただならぬ。この論文ではそのLINE,、SINEを始めとして様々な反復配列のゲノム存在様式が報告される。とともに、小生にとっては待ちに待った「発現している反復配列」の全貌が述べられている(ようだ)。詳細はまだ読んでいないが、参考文献中に敬愛するKazazianの論文が5篇も引用されているし、 active LINEなる用語も論文中にパラパラでてくる。個人的にはもっとも楽しみな論文です。

  4. 中を見ていないが、これまでで最も参考になる「参照配列」が作れましたよ、という話だろう。ただこのシークエンスのソースは一個人由来の「胞状奇胎」細胞株であるから、今後この「参照配列」はすぐにバージョンアップされる運命にあるだろう。細胞株ではなく、真の「in vivo」な材料によるシークエンスが近々に望まれる。

  5. セントロメアの構造である。

  6. そして核になる主論文
こうしてみると、この発表とてもよくできているが、一般の研究者や臨床家には一見どうでもよい瑣末なカタログ、にしか見えかねないのが気がかり。反復配列やセントロメアなんか興味ないかもしれないね、皆さん。

ただ、これは本物の研究成果であり、少しでも生物学をかじったことがある人間なら、概説だけでも勉強して、ご自分の遺伝学のフレームをアップデートしておくべきだと思う。これはもう教科書が書き換えられるレベルの研究成果だということです。従来であれば100ページかかって、ああでもない、こうでもないと議論されていたことが、10ページ程度ですっきり記述されたのだから、一度きっちりリフレッシュしておいてよいのではと思います。もっともオリジナルの論文は専門的だからハードルは高いと思います。であるがゆえに・・・・・・

だれかブルーバックスを書いて欲しい。あるいは出来のよい総説を書いてほしい。

問題は教科書方面であるが・・・

T.A.Brownは直ちに彼の教科書「Genomes」を書き換えなくてはいけない。今は ver 4ですがすぐにver5にすべきだ。昔から「Genomes」はBrownが一人で書いているのだから、やればすぐにできるでしょう。徹夜でやってほしいね。

Tom Strachanも徹夜組です(笑)。

ThompsonやHartwellも頑張ってください。こちらはゆっくりで良い。

2022年5月6日金曜日

反復構造(2)セントロメアとペリセントロメアについて

 セントロメア構造であるが、概略は下図である。


その詳細には全く通じていないが、頑張って概説すると中央のαSatがアルフォイド反復配列である。下にrepeat unitとあるがここでは171塩基と表示。これが数Mベース続くのだ。この重層構造は更に解説が必要だ。(後日待たれい!)

次にその周囲をHSatと呼ばれる別の反復配列が取り囲む。この反復単位は42,62塩基〜と表示されている。この中に蛋白を作る遺伝子は埋もれているのであろうか?












クリックで拡大します↑


この図は総説であるが、次いで各染色体に移る。まず一番染色体を見てみよう。

下のシェーマは一番染色体である。具体的な番地が記されているが、最上位にこのセントロメアが一番染色体の端から1億2千350万塩基〜1億3千万塩基の間の拡大として見ていることがわかる。一番ではペリセントロメア・セントロメアの長さが20Mbあることがわかる。一番染色体は全長250Mbであるから8%程度である。αサテライトだけだと4.5Mbであり1.8%ということになる。

皆さん、この数字新鮮ではないでしょうか!僕などはこれだけでも目が覚めるのだ。臨床で核形分析(karyotype)を一回も見たことがない人はいないと思います。白血病や婦人科不妊外来などでは日常茶飯事の検査でしょうし、外科臨床でも時々は見る。その本体がついに、解き明かされたということです。数字が実にリアル。下の方の記述にに染色の縞が出てくるけど、ギムザなどによるこの「縞」がなぜできるか、その本体がなんなのか、ヘテロクロマチンとかユークロマチンの本体はなんなのか、そのような疑問を小生はずーっと思っていたわけです。今回その全てが解決したわけではないだろうが、それでも染色体がずっとリアルなものになっていくのが実感できているわけです。


下図にはD1Z7という表記がαサテライトに振られている。どうやらD1が一番染色体、そしてZ7というのがαサテライトのサブタイプに相当するようだ。そしてその外にHSatが取り囲むが、この一番ではとりわけ長腕側の13.2Mbに及ぶHsat2反復配列領域が巨大である。

上から3列目に注目してください。ここには遺伝子構造が表記されている。IncRNAや転写される偽遺伝子(昔はとんでもなく興奮したが、今では当たり前のように登場する)も多いが、この中には蛋白をコードする遺伝子(赤色)も確かに二個存在する。これ周辺のサテライト構造(HSat2)のど真ん中である。

クリックで拡大します↑

最後に染色体ごとのセントロメア(+ペリセントロメア)構造を比較的大きな(そして単純な)第2〜4染色体で紹介する。メタフェースでDAPI染色すると濃く染まっていたのはHsat1なのだろう。そしてαサテライトはこの3本の間でも随分異なることがわかる。2番や4番は長いのに対し3番はとても短い。

大きな染色体は単純である。このあと出てくる短腕の短い5本の染色体は相当複雑である。また9番も随分複雑である。シークエンスはさぞ大変だっただろうと推察される。






さて今回はこれくらいにさせていただく。

2022年5月5日木曜日

反復構造(1):アルフォイドについて

アルフォイド配列

 ヒト染色体のcentromeric heterochromatinに見られる反復DNA配列の複雑なファミリーである。アルフォイドファミリーは、170塩基対のセグメントのタンデムアレイから構成されている。異なる染色体から単離されたセグメントはコンセンサス配列を示すが、個々の塩基に関しても違いがあり、170塩基対の単位では40%も配列が異なることがある。この繰り返し配列は、数個のユニットがタンデムに並ぶグループに整理され、さらにこれらのグループは1〜6キロベースの長さの大きな配列に整理される。これらの大きな配列が繰り返され、0.5~10メガベースの大きさの配列が形成される。このような大きな、つまり「マクロ」なDNAリピートは染色体特異的である。アルフォイド配列は転写されないので、染色体サイクルの中でまだ定義されていない構造的な役割を担っている。アルフォイドDNA内の配列の変動は、高い頻度でRFLPを生じさせる。これらは遺伝するため、特定の個体やその近親者のDNAを特徴づけるために用いることができる。 (Oxfordより)

下図は

Exp Cell Res Vol 389, Issue 2, 15 April 2020,.から引用。かずさDNA研の大関先生・・・


上図中央の緑三角が170塩基の1単位で具体的な遺伝子配列は下図。
コンセンサスを数えると170程度である。この小単位にCENPと呼ばれる蛋白群が連なり、更にキネトコア蛋白群がくっつき、これが微小管につながる。これはDNAの複製が終わり、そろそろ細胞分裂を始めようかというタイミングで二本のDNAが離れていくための装置である。

複製が終わったばかりの染色体DNAはまだ裸であろう。ここにいろんな化粧が施される。3次構造も複雑に織り込まれていく(なんせ、凝縮した太い染色体をみることができるのは、このタイミングだけだし、私達の染色体イメージは通常の染色糸状態とはかけ離れたものである。Diploid状態も異常なのだ。)

とはいえ一見分離誘導されるだけのために、どうしてこれだけの蛋白が必要なのか不思議でしょうがない。




これは1992年にカルフォルニア大学からでているものを引用。



2022年5月4日水曜日

今回の完全ゲノム配列決定について(1)

この論文の意義はこれまで存在したギャップを完全に埋めてしまったことです。

これで初めてゲノムプロジェクトが終了した、完了したといって良いのではないかと思う。

ゲノムプロジェクトを3段飛びに例えてみたい。

「ホップ」

ゲノムプロジェクトは米国の国家プロジェクトとして1990年に始まった。国家プロジェクトとしてのゲノムプロジェクトはゆっくり進行していったが、1995年に Craig Venterがインフルエンザ細菌の完全ゲノム配列決定に成功し、ゲノムプロジェクトに参入してからの劇的な展開はスリリングであった。当時米国でゲノム研究を行っていた小生は、リアルにその展開の渦中にいたと言っても良いが、私の意見では、ゲノムプロジェクトの真の推進役は Craig Venterである。進め方が猪突猛進であり、融和的ではない彼のスタイルが、公的プロジェクトを混乱させたことは間違いないが、当時傍で見ていた小生はVenterに肩入れしていたし、周りの研究者からはかえって評判が良かったのだ。彼のショットガン・シークエンス法は最初評判が悪く(とても洗練された方法ではないようにアカデミアには思えたのだ。超音波ソニックでDNAをバラバラにした、その断片を片っ端からシークエンスし、つないでいく)、細菌は小さいのでうまくいくが、高等生物では無理であろうの評価であった。しかし彼の戦略は優れていた。インフルエンザの次はピロリ菌であり、その次が「古細菌」であった。カール・リチャード・ウーズがrDNA(リボゾーマルDNA)による生物を3つにわける分類から細菌古細菌真核生物を提唱し、激しい議論が続いていた時代に、ゲノム解析で決定打を打った極めてインパクトの強い研究であった。

この頃の公的プロジェクト側の研究は本当に地味だったよ。米国と英国がお金を集める算段にいかに苦労したか、そんな話題ばかりだった。 Craig Venterがどんどん面白い成果をだしてくるので、公的プロジェクト側がうかうかしておられず、遅ればせながら、どんどん研究が加速するようになったというのが真相だと思います。

2000年にはドラフト版が完成し、米国大統領クリントンと英国首相ブレアがその成功を世界に喧伝した。公的プロジェクト側は Nature1冊をすべて使って、その成果を公表し、一方セレラ側はScienceにその成果を発表した。

「ステップ」

その後、遺伝子領域については配列データは洗練を極め、2013年に「参照配列」といわれる配列データが発表されたのが「ステップ」であろう。

しかし、この段階のゲノムデータは穴だらけだった。シークエンスが困難な反復配列が山のようにあり、特にセントロメア周辺は、従来のシークエンス法では攻略不可能であった。一方で、発現遺伝子(蛋白になる遺伝子)についてはほぼ全てが網羅されているから、良いではないかという意見もあったはず。小生は全く満足していなかった。セントロメアやテロメアがどんな構造をしているのか、この近傍に知られていない発現遺伝子があるのではないか・・・・


「ジャンプ」

そして2022年である。今回一分子シークエンス技術が実用に耐える時代を迎え、超ロング・シークエンス(10万塩基を延々とシークエンスする技術)が可能となって、初めて巨大な反復配列をカバーすることができたのである。

      1)セントロメアにあるアルフォイド配列

      2)400単位はあるというrDNA

          (リボゾームDNA配列)

      3)segmental duplication

ヒト・ゲノム総延長は3,054,815,472塩基なんですって。ギャップは"0"ゼロである。蛋白発現遺伝子の総数はこれまでより99個増えて、総数19,959個となった。ほぼ30年かかってここまで来たのである。私は本当に感激しているのです。論文を読み込んでいくのが楽しみだ。




2022年5月3日火曜日

Nanoporeシークエンスの原理をおさらいしておこう!

Nanoporeシークエンスの原理について簡単に復習しておこう。

スマホと同じくらいの大きさのデバイスを10万円で購入する。製品名は「MinION」。カバーを開け、前処理済みのDNA(RNA)溶液を滴下。一枚の膜に2048個のポアと呼ばれる蛋白が埋め込まれている。この蛋白は、細菌のタンパク質CsgG(Cell Surface Glycoprotein)あるいはその派生物が用いられるが、これは膜貫通型のチャネル蛋白質と考えれば良い。DNAはこの穴の間をするすると流れ通っていく。

「流しそうめん」のイメージだ。二本以上通らないのか、一本も通らないポアがあるのでは? これはポアソンの確率によるのだと理解すれば良い。

動画でみるように、DNAは断端処置がされている。アダプター配列(ポアとは別に膜表面に生えているtether[つなぎ縄]と親和性があり、DNA鎖をポアへ誘導。)とDNAポリメラ➖ゼが結合している。このポリメラーゼには2つの役割があり、一つは二重鎖の開裂であり、DNA二重鎖はこれで一本鎖になる。今一つは一本鎖DNAがポアに突入するスピードを一定値にコントロールする役割であり、これは後述電位差データをより正確に測定するために必須の機能であり「Stepping Motor」と表現されることもある。

以前の報告ではDNAの通過スピードは毎秒1000塩基とされていたが、現在では400塩基と記述される。2048個のポアがあるので、100%の効率なら一秒間のシークエンス数は81万9千。一秒間のリード数(Read数)が82万、分速で5000万、時速で30億ということだ。

奇しくもヒトのハプロイドゲノム塩基数に等しい。設計段階で幹部から「一時間でヒトゲノム解析が可能なスピードにしろ!」という必達目標が厳命されたに違いない(笑)。

追記)古びた頭で間違ったことを書いてしまった。しれっと訂正するより、自分に対する教育もあるので、追記で書きます。上記一秒間のリード数(Read数)が82万は全く間違いです。一リードはDNA一本という意味でした。だから82万リードも読めるわけがない。ちなみに1リードの最高値のめやすは200kオーダーと書かれている(20万塩基!!)だから、この一本を読むのには500秒かかる。およそ8分間、延々と読み続けるわけです。

ちなみに「MinION」とは古い英語で子分、召使いという意味です。お気に入りという意味もあるようだ。

2022年5月2日月曜日

二年ぶりの投稿:T2Tゲノム・プロジェクトと私の興奮

二年もの間投稿が途切れていたこのブログであるが、この間、ときどき自分で自分の書いた文章を確認することはあり(特にコロナ関連文献)、更にこのところGoogleでググると、自分のブログに誘導されることもあり、全く存在を忘れていたわけではなかった。

久しぶりの書き込みだから、どうせ読んでくれるヒトもいないだろうが、なぜ書きたくなったかだけ記録しておく。 (とはいえ、このブログさきほどから書き込んでいるが、プラットフォームが随分変わっておりとても書きにくいなあ。最終形が予測できない入力フォームである、とほほ) 

今年になり、いくつかの幸運が重なって、小生が遠ざかっていた雑誌媒体に、再度アクセス可能な状況になった。卒業した大学から「名誉称号」を頂き(大した称号ではないです)、それに付随する特権として電子図書館へのフリーアクセス権を与えられたのである。アカデミアにいる人々にはなんでもないことであろうが、私のような民間人には、これはありがたみのある特権なのだ。ほとんどの雑誌にアクセスできるのは嬉しい。NEJM、Science、Natureなどは時々見ていたから懐かしさはないが、PNAS、Journal of Cellular Biology、Journal of Immunology、Cancer Researchなどは10年ぶりなので、本当に懐かしい。昔に比べるといずれも、素っ気ない目次なのが意外である。以前はもっと派手な意匠を凝らしていたと思ったが。

もっとも久しぶりに中身を覗いて、読もうと思えるような雑誌ではすでにない。JIやJCBを10年ぶりに見て、すぐに読みこなせたら大したものだと思う。第一、読みたくなるようなタイトルがない。ほとんど意味不明だ。

昔はできていた"Browsing"が今はできないのが残念だ。この"Browsing"というのは雑誌の一ページ目から順繰りに最終ページまで読めるスタイルのE-magazineである。サイエンスなんて、薄い雑誌だったので、これができていた時代は、本当に冊子体とおなじイメージで読んでいたが、これがいつの間にかできなくなっているようだ。残念。

さてそのサイエンスを久しぶりに読んだら、ゲノム・プロジェクトの最前線の記事が載っていた。Telomere to telomere (T2T)というプロジェクトであり、ギャップなしで端から端までシークエンスしたという記事であった。世の中はこんなのが流行っているのかと興奮したが、実は流行っているわけではなかった。ゲノム・プロジェクトの最終局面であるこの報告は、本当に久しぶりの大快挙であり、本当に久しぶりのbig reportだったということなのだ。




この記事にいきなり、久しぶりにぶち当たった小生は、やはり運が良いと思った。小生のためにこのレポートが今頃出版されたのだろう(笑)と確信する。このレポートは(若干難しいところはあるが)なんとか読めるぞ。Karen Migaという女性研究者が、今の主役らしい。もう一つの主役は、なんとNanopore Sequenceである。2011年ころNanopore Sequenceの記事を書いたことがあるが、あれがものになるんだねえ。大したものだ。アルフォイドの反復配列の山脈を乗り越えるにはsingle molecule sequenceしかないと思っていたが、すごいよ最近は。なんせ、最長Read(一回で連続いくつ読めるか)は 200kを超えるらしい。20万塩基である。 overlapping contigではないのだ。single read (with no gap!)なのだ。小生がショットガンを1995年〜97年やっていた時代は、ベクターで拾っていたのでまあ700塩基読めれば最良だった。これを「しこしこ」contigにつなぐ。

素晴らしき哉、この技術的革新!ー それはそれとして問題は中身である。どんな新しいことがわかったのか?興味津々であり、何回かに分けてメモしておこうと思う。