2007年12月31日月曜日

2007年度の年末雑感

2007年度は、医学生物学の研究分野で様々な新しい事柄がわかってきた面白い年だった。研究(正確には研究論文)には当たり年というのがある。10年に一度くらいしかないが、次々に面白い事柄が発表される当たり年がまさに今年だったのだ。もちろん、面白いと思えるかどうかは極めて個人的な事柄であるが、そう的を外した印象ではないと思う。僕なりのまとめをしておこう。

1) ゲノム情報の多様性
(a) 大腸癌・2型糖尿病における多型研究の進展
20年前くらいの一遺伝子多型の時代(血液型、アルコール代謝関連酵素)から、ようやくここまでやってきたのかというのが感想。これらがSNPsという言葉で呼ばれるようになったのが95年ころ。WGAが可能になったのは、もちろんゲノムプロジェクト以降。ようやくpolygenic diseaseで研究成果が出始めたのである。もちろん、これらの多型が普遍的か(特に日本人に当てはまるのか?)どうかは不明であるが、西欧の様々な人種には概ね通用するようであり、糖尿病に関してはいくつかの多型は日本人にも通用するらしい(神戸大情報)から、大きく進展しているはずだ。次は日本人大腸癌の時代だぜ。

(b) CNVが市民権を得る
CNVのことを初めて聞いたのは3年くらい前だったな。CRESTのミーティングで油谷さんから直接聞いた。そのころは21番染色体に50kb程度のコピーを持っているヒトとそうでないヒトがいること、またそれが逆位で配列していることなどが話題だった。「もっと一杯変異はあるよー」といっている人と「あんたの材料はEB lymphoblastoidでしょ。培養中のartifactですよ、それ」なんていってる人がいて、僕は後者だと思っていた。しかし僕らのCGH arrayデータを見る限り、この話は本当だ。癌で80例くらいみて共通の髭(コピー数の局所的増加)があり、喜んでいるとコントロールにも何例か同様の髭があるのだな、これが。今問題にすべき長さと頻度を持って登録されているのが5000カ所くらいだ。その本質から、CNV数は無限といっていいくらい多数あるだろうな。

(c) 固形癌における融合遺伝子研究の発展
8月の野間さん、12月のCellと肺癌に限って融合遺伝子が報告され始めた。難点は頻度が低いこと。それでも複数の症例で認められた意義は大きい。次は消化器癌だぜ。
(d) 唾液腺アミラーゼ遺伝子CNVと民族・食餌スタイルの関係
これには驚いたのだ。僕らの大腸癌array CGHデータでも1pに鋭いピークがあり、これをよく見るとアミラーゼ遺伝子クラスターである。まとめてCNVなのね。世界中で日本人のコピー数が一番多いというのが面白い。

(e) 大腸癌・乳癌における全エクソン配列のシークエンス・変異解析
Vogelstein畢竟の大作、になるはずだったが、他の研究も面白すぎてあまり話題にならなかったけど、これはいい仕事です。Vogelsteinは大腸癌の転移症例と非転移症例について同様の研究をやっているらしいが、これが世にでると面白い。
(f) PTENにおけるGPMの発見

2) 幹細胞研究の進展
(a) 大腸癌幹細胞とCD133
次なる課題は、二次マーカーのハンティングあるいはCD44との関連(今もって明確ではないからなあ、この二つの相関)
(b) 消化管幹細胞マーカーLg5の登場
続報が待たれる。
(c) ヒトにおけるiPS細胞の創出
年末にかけての競争はすさまじかった。ついに2つに絞られた。ウイルスベクターを使わなくて済む方法論の創出が課題だ。

3) Non-coding RNAの跋扈
1000個はすぐに見つかるであろうというのが昨年までの勢いだったが、今もって500個くらい。miRNAをどう文脈に取り込んでいくかが、今後のがん研究の課題。HMGA2とlet 7で橋頭堡を築いたわがチームであるが・・・・。
(a) Let-7が乳癌幹細胞を制御
出るべくして出たという論文かもしれない。中国からのペーパーであるが、すさまじく質が高い。高そうに見えるリンク。Cellだし。今年後半は「Cell」が猛チャージをかけてきているというのが印象。しばらくこの雑誌目が離せない。

4) 間質細胞における遺伝子突然変異
う〜む、今ひとつ信憑性(なにを持って間質細胞と規定しているのか・・ということ)に欠けるような気がするのである、私には。

以上の中でボクの個人的ベスト論文は↓:スケールが大きいこと、日本人が主役であること、想像力をかき立てること・・。

唾液腺アミラーゼ遺伝子CNVと民族・食餌スタイルの関係

Diet and the evolution of human amylase gene copy number variation

Nature Genetics 39, 1256 - 1260 (2007) Published online: 9 September 2007

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